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2005年05月29日

夜更かし

現在、午前4時22分。
僕は夜更かしをしています。

すごく静かです。
冷蔵庫のブーンという音と、キーボードをたたく音がやけに大きく聞こえます。
そして、いいなあ、夜更かしって最高だなーと思っています。

僕はいまメッセンジャーという仕事をしており、仕事がある日は毎朝7時半ごろ起きています。
一日に自転車を100kmぐらい漕ぐ仕事なので、やはりとても疲れます。
夜は早く寝ないと朝大変なことになるので、12時には寝ています。

この仕事をする前は、執筆に専念していたので、完全に昼夜が逆転した生活をしていました。
いつもいつも真夜中から言葉を紡いでいました。
何度か日中書こうと努力したのですが、結局は真夜中にしか書けませんでした。

明日は日曜日、仕事はありません。そして土曜日の日中はずっと昼寝をしていました。
だからいま、大好きな夜更かしを久しぶりにしています。そして、本当に久しぶりに「書く気」が湧いてきて、こうやってここに文章を書いています。やはり、夜に書くことが大好きのようです。
きっと、外がとても静かなので、内側の音が聞き分けられるようになるのでしょう。

真夜中はいつだって優しい。
ささくれ立った心や、迷っている感情を、静かに受けとめてくれます。
何か、真夜中に僕はとても素直になれます。
暗くて静かだということに、なぜか優しさを感じ、救われる想いがするのです。

太陽と共に生活のリズムがある日々。
その心地よさを自転車を漕いで旅していた日々も、仕事をしているいまも感じるのですが、
でも、ゆっくり自分の心と向き合うには、太陽の光はすこしうるさいのかもしれません。
深い井戸は、外が明るいと眩しすぎて、覗き込んでも真っ暗にしか見えないのです。
でも、外が月夜ぐらいの明るさで、静まり返っていると、井戸の底の波紋や、水が壁に当たる音が聞き取れる気がします。

僕には、太陽と共にある日々だけでは、不満のようです。
真夜中に寄り添って、自身の内面にぴったり寄り添うような時間が、どうしても必要なようです。
昼夜が完全に逆転していた去年の秋から冬にかけては、あまりに内面に寄り添いすぎて、バランスを何度も崩し、太陽と共に生活したいと切実に思っていました。だから仕事は朝9時からのシフトを選びました。

太陽と共に生活し、体をよく動かしていると、精神は澱みません。
ご飯はとてもおいしいし、銭湯につかると叫びたいほどの快感です。
朝の引き締まった空気の中の自転車通勤はなかなか気持ちいいものだし、夜は悩む暇もなくバタンと眠れます。

でも、そんな健康な生活なのに、決定的な不満があります。
それは、書く気になかなかなれないということです。
時間は無理矢理作ればなんとかなりそうですが、書くことが全然見つからないのです。
僕は、やはり書くことが好きです。
何か自分のなかで言語化し切れていないテーマについて、ゆっくりじっくり詰め寄ることが大好きです。
そしてなにがしか書けたときは深い充実を感じます。
でも、太陽と寄り添っているだけでは、書くことが全然見つからないのです。

おいしいくご飯を食べられるという喜び。
これは本当に素晴らしいことです。
でも、“人はパンのみにて生きるにあらず”と新約聖書に書かれているそうですが、そのとおりなのです。“パン”はとても大切ですが、“パン以外”も同じぐらいとても大切なのです。それが僕にとっては言葉を探すことなのでしょう。

真夜中は僕に静かに一人であることを感じさせてくれるから、優しいのかもしれません。
真夜中の静けさは、昼間の多くの言葉から切り離されて、僕を孤島に連れて行ってくれるかのようです。その孤島の渚でひとり遊び、貝殻を拾う。夜が空け、鳥の鳴き声が聞こえてきたら消えてしまう孤島だから、月明かりの下で、とぼとぼと海岸を歩くのが楽しいのだ。

現在、5時44分。
外はいつの間にか明るくなっています。
楽しい夜更かしでした。
これから眠くなるまで本を読んで、そして眠ろうと思います。

投稿者 tsuyoshi : 04:21 | コメント (4) | トラックバック

2005年05月13日

『荒野へ』 ジョン・クラカワー著(集英社)

アラスカの荒野に打ち捨てられたバスの中で餓死した青年についてのノンフィクション。
裕福な家庭に育った青年はなぜ全てを捨てて旅立ったのか、そしてなぜ死んでしまったのか、登山家でもある著者ジョン・クラカワーにより、淡々とした筆致で、しかし深い共感をもって書かれていた。

僕もたいへんな共感をもって読了した。
身に覚えがあるからである。過剰な情熱も、感情の不安定さに翻弄されるさまも、社会を素直に肯定できない憤りも、自由への憧れも、痛いほど身に覚えがあるのである。
そして、軽い反発も感じた。できることなら思い出したくない、あまりにも未熟で、あまりにも傲慢だった、ある時期の自分を、否が応でも思い出させるからだ。
僕が大学一、二年に行っていた山への単独行と、21歳のときのアフリカへの旅立ち。あの時のドミノ倒しのような心の軌跡を思い出させるのである。いまはもう成熟していて、傲慢でないというわけではないけれど。

そして思い浮かんだのが『サハラに死す』という本だった。
サハラ砂漠を徒歩で横断しようとし、途中で渇死した青年の話である。
名前は上温湯隆(かみおんゆたかし)、22歳であった。
アラスカの荒野で餓死した青年クリストファー・マッカンドレスは24歳。
過剰な情熱も、まっすぐな正義感も、純粋な理想主義も、似ている。
亡くなり方も似ているし、亡くなった年齢も近い。

マッカンドレスがバスに残した落書きがある。

二年間、彼は地球を歩いている。電話もなく、プールも、ペットも、タバコもない。窮極の自由。極端な人間。路上が住居の美の旅人。アトランタから逃れてきたのだ。汝、引きかえすことなかれ。「西が最高である」からだ。二年の放浪の後、今度は最後で最大の冒険となる。心のなかで偽りの人生を否定する決戦に勝利して、精神の遍歴に終止符をうつのだ。(後略)

彼は、トレイルの奥に打ち捨てられたバスにこう落書きし、「土地があたえてくれるものを食べて生活する」という冒険をするために、数ヶ月間一人でバスに寝起きし、狩猟採集の生活をした。そしておそらくはつまらないミスを犯し、命を落とした。

一方、上温湯さんは『サハラに死す』のなかで、「お前」とサハラを擬人化しこんな文章を残している。

お前は、その仲間の太陽を使者とし、五十度を越す光線で、この肉体の水分を奪おうとした。あるとき、冷たい風を使い、三十分しか眠れぬ夜で、俺を包んだ。砂、砂そして砂。足を棒にさせ、砂丘で行く手をはばみ、砂嵐は目をふさいだ。
…正直にお前に語ろう。恐怖におおわれた闇、お前の体に抱かれていた夜に、何度”死”という言葉が脳裏で舞ったか。
…『冒険とは可能性への信仰である』
こうつぶやき、俺は、汝を征服する、必ず貴様を征服する! それが貴様に対する、俺の全存在を賭けた愛と友情だ。

上温湯さんはこう宣言し、一度は挫折した旅を再開させ、やがて遺体で発見された。ラクダに逃げられ渇死したという見方が有力だそうである。

マッカンドレスに関しては、自殺したのではないかという憶測もされたそうだが、著者は証拠を示して否定した。
僕も確信をもって否定できる。このような文章をかく人間は、生きたくて仕方がないのであり、ほんとうに生きたいからこそ、命の危険を冒さざるを得なかったのだ。だから、彼の死は精神の問題ではなく、危機管理の問題だろう。

著者のクラカワーはマッカンドレスの遺体が発見されてから間もなく、<アウトサイド>という雑誌から依頼され青年の変死について取材し記事を書いている。その記事には雑誌創刊以来もっとも多くの手紙が寄せられたそうである。そして、その手紙は青年への賞賛と非難にはっきり分かれていたそうである。「勇気のある高い理想をもった若者」と書かれた手紙がある一方で「向こう見ずな愚か者、変り者、傲慢と愚行によって命を落としたナルシスト」と非難する手紙も多かったそうである。

そうだろうな、と思う。
ただ読んで楽しいだけではないから、自分の人生の土台の部分を突き崩すような話だから、強い共感と激しい非難とに、見方が二分されるのはもっともだろう。

自由よりも安定を志向し、不確定要素を避け、明日が今日と同じ安定した、安心できる日でありたいと願うおそらくは多数派の人は、マッカンドレスの行動をまったく理解できないし、不快にすら感じると思う。
しかしその不快は、安定している現状への、無意識の後ろめたさと同義なのだから、背中合わせの共感とも言える。

平穏に、心安らかに一日一日を暮らせたら、とってもすばらしいこと。
しかしそれは安定にしがみつくのとは違う。
そんなことをしていたら一日はあっと言う間に過ぎ、気がついたら月末、気がついたら年の瀬となり、一日一日を暮らしているとは言えなくなる。
心安らかに、充実した日々を過ごすには、タフでなければならない。
理想に盲従したり、現実にしがみついたりしないためには、やはり強くないといけない。

もし、マッカンドレスや上温湯さんが旅から帰っていたら、その後どんな人生を送ることになったのだろうか。
著者クラカワーは自身のアラスカの未踏の岩壁登攀について書いた稿で、その登攀が「うまくいっていない私の人生を根底から変えてくれるものと思いこんでいた」と述べている。そして何とか登頂したものの、「結局は、ほとんどなにひとつ変わらなかった」とも述べている。

このクラカワーの言葉は、そのまま僕の旅にもあてはまる。
「根底から変えてくれる」と願い旅立ち、戻ってきてから「なにひとつ変わらなかった」ことを発見した。しかし、もちろん無駄だったわけではない。旅の過程には最大限の充実があった。ただ結果がよく分からないだけだ。そしてそれは大した問題ではない。
マッカンドレスや上温湯さんが、もし生きて帰っていたらどんな人生を歩んでいただろうと想像し、今の自分に重ねると、いろいろと考えさせられる。

投稿者 tsuyoshi : 01:50 | トラックバック

2005年05月08日

焚き火

焚き火をした。
三浦半島のさきっぽの海岸で。
はっきしいって最高だった。

メンバーはごうくんとおうきくんと僕。
ともかく、適当な場所にキャンプして焚き火をしようという計画でおうきくん家に集合した。地図をみて、この辺が良さそうだと適当に見当をつけて、車を走らせた。途中、渋滞につかまったり、美術館に寄ったり、漁港に寄ったり、何だか分からない丘に寄ったりしていたら時間が経ってしまい、夕闇が迫る中、なんどもうろうろと海岸ぞいを彷徨い、キャンプできそうな場所を探しまわり、かなり焦り、そして真っ暗になる寸前に最高の場所を見つけたのだ。

ほとんど人のいないビーチ。
焚き火に絶好の風、豊富にあるたきぎ、星空。
辿り着いてから、大喜びでたきぎを集め、盛大に燃やした。
それから、途中のスーパーで買った食材でバーベキューをし、三人でおおいに食べた。
そして、ずうっと飽きもせずに焚き火をつっついていた。

僕は、枯れた木を燃やし、炎が出て、それがおき火になったときの、真っ赤な宝石のような透き通った炎の色が大好きだ。ルビーとトパーズとガーネットが詰まっている宝石箱を覗いているようだ。ゆらゆらと揺らめくおき火をひとつ取り出して、じーっと見つめて、息を吹きかけたりして、また戻して、うっとりとしてしまう。

焚き火を見ながらいろいろ積もる話をしようと思っていたのだが、焚き火を見ていると、どうも黙ってしまう。黙りつつ夢中になってしまう。ぼくたち三人は三人とも同じぐらい”ものすごく”火が大好きのようで、キャンプ場所に着いてからずーっと火をいじり続け、眺め続け、夢中になっており、話すのもそっちのけであった。

真夜中になり、焚き火の周りでめいめい適当にねぶくろに入り眠った。
そして朝五時、朝日は海の向こうから上がってきた。
改めて、ものすごくいい場所を見つけたもんだと喜んだ。

そしてまだ消えていない焚き火を復活させ、また焚き火で遊ぶ。
もう12時間も燃え続けている。
一人が焚き火をいじり、残った二人はフリスビーをしたり、フライパンとボウルをラケットにしてボールを打ち合ってあそんだり、缶を立てて球あてをしたり、浜辺に打ち上げられている様々なモノを使って、あれこれと早朝から全力で遊んだ。僕はフリスビーが海に入ってしまい、それを取るためにジーパンのまま海に入ってしまい、ずぶぬれになったが、焚き火に当たっていたら乾いた。
最後に焚き火に海水をかけ、砂をかけて、後にした。
着ている服には濃厚に焚き火の匂いが染み込んでいた。

地図をみて、この辺だろうと当てずっぽうに目指しただけの、ものすごく適当な計画だったので、こんないい焚き火ができるとは思わなかった。こういう無計画の計画を楽しめる三人であったから、余計よかった。無類の焚き火好き三人であったから、なお良かった。

やっぱりいい。焚き火はいい。ものすごくいい。今回のキャンプは当初から意図的に男だけにしようという計画で進めていたのだが、全然むさくるしくなかった。焚き火に見とれていたからだ。僕は、めらめらとゆらめく火を見つめながら、いいなー美しいなーとつぶやきつつ、焚き火とかわいい女の子、果たしてどちらが長時間眺めていても飽きないだろうかと、考えていたとか、いないとか…。

投稿者 tsuyoshi : 02:40 | トラックバック

2005年05月01日

校正された原稿を提出した

先日、集英社から校正者の手が入ったゲラ(試し刷り)が送られてきました。
びっしりと、最初から最後までチェックが入っていて、恐れ入りました。
そのゲラに僕が赤を入れて、先ほど、集英社のノンフィクション編集部宛に送りました。
これで、もうあとは結果を待つだけでしょう。(もう一回校正とかがなければ)

それにしても、校正者という人は、すごい。
間違いをピタっと指摘してしまいます。

内蔵→内臓

廃虚→廃墟

なんてのは初歩的な訂正で、

滝壷→滝壺

喧燥→喧噪

鳴咽→嗚咽

などを指摘されると、世の中にはすごい人がいるもんだと、脱帽です。
僕などは、ピンポイントで指摘されてもどこが間違っているか分からないのですが、校正者は何百ページもある原稿なのに、ピタリと指摘するのです。

しかし、校正の大部分は、漢字にする必要のない漢字をひらがなにする作業でした。
例えば、

事→こと
筈→はず
余りに→あまりに
人達、私達→人たち、私たち
内→うち
出来る→できる
一体→いったい
全て→すべて
為→ため
殆ど→ほとんど
気が付く→気がつく

…等々
これは、間違いというよりも、表記を揃えるためでしょう。
どちらにするか、基本的には揃えるものだそうです。
こういう膨大な変更を全編、いちいちチェックして、指摘するのだから、頭が下がります。
こうやって本はできていくのだと思いました。(このゲラは選考会用で出版用ではないけれど)

それにしても、僕の書いた文章がいかに表記がばらばらなのかがよーく分かりました。
パソコンで変換しているからでしょう。
表記は揃えなくちゃいけないものなのか? という疑問はあるのですが、漢字である必要のないものをいかにたくさん漢字にしているか、よく分かり、いい勉強になりました。
最終的には著者が漢字にするかひらがなにするか選択するのですが、これは悩ましい作業でした。

できごと/出来事
日差し/陽射し
いま/今
すさまじい/凄まじい
いっこうに/一向に
何か/なにか
ころ/頃
わかる/分かる

などは、どちらにするかは感覚の問題でしょう。
漢字というものは、「絵」でもあるのだから、意味以外に、見た感じがどうなのかも大切なのだと思いました。

ともあれ、ゲラは提出されました。
サイは投げられました。
やることはやりました。
どんな目が出るか、僕はもう知らない!

投稿者 tsuyoshi : 12:34 | コメント (2) | トラックバック