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2006年01月22日

最終稿にとりかかる

明日はメッセンジャーとして東京を走る最後の日です。
12月上旬に決めたことなのですが、明日でメッセンジャーを辞めます。ちょうど一年間メッセンジャーをしたことになります。当初は半年はやろうと思っていたのだから、倍の時間やったことになります。辞めた後、しばらくは執筆に専念します。

開高賞に応募するために書き上げた原稿があり、書き上げてからある程度時間が経ってから読み返すと、あまりにも推敲の余地がありすぎるように感じ、かねがねこのままでは出版したくないと思っており、書き直す機会を伺っていたのですが、そろそろいいだろうと思えてきたので、メッセンジャーを辞めて推敲に専念することにしました。
処女作の特徴は締め切りがないことです。だから、納得できるまで推敲ができます。あるいは、際限なく推敲ができてしまいます。
自分の体験を文章にする場合、その体験が生々しいうちに言葉にしてしまうことは大切です。だから帰国直後のまだ旅の余韻が残っているうちに第一稿(ホームページの載せている文章)を書きました。それから作品としてまとめるために冗長な部分を削ったのが第二稿(開高賞に応募した文章)です。第一稿は原稿用紙750枚ぐらい。第二稿は450枚ぐらい。そしてこれから第三稿、最終稿にとりかかります。分量は400枚弱ぐらいを予定しています。

もう旅をしていた時間よりも長い時間が帰国してから経っています。だから自分の体験も、ある程度客観的に見ることができます。そういう客観的な視点であのときの出来事を捉え直すと、もっと的確な言葉が見つけられるのではないかと思います。体験を寝かせたのちにもう一度客観視することは、体験をより深い次元で捉え直すことでもあります。あの時はまだ体験が熱を持ちすぎていて強引な言葉にせざるを得なかったような出来事も、いまなら的確に言葉にできるのではないかと思っています。

もちろんこのようなことが程度問題なのは承知しています。生々しい未熟なままの強い言葉から、客観的で醒めた的確な言葉までグラデーションするように色々な段階があります。しかし、いまなら生々しさを残しつつ的確な言葉にするということが可能なのではないかとも思えます。それは、第一稿、第二稿を書いているからであり、それ以前に旅の途中に詳細な日記を残しているからです。私が私や私が過去に書いた文章などを取材して書くような文章、そのような「私」の絶妙な立ち位置を見つけられれば、作品としての完成度も高まるのではないかと思います。
そして、そういう立ち位置に立つには、やはり時間が必要でした。自分の体験や自分の書いた言葉からもう一度距離を置くためには、それ相応の時間が必要でした。そしていま、ほんとうにそろそろだなと思えるので、最終稿にとりかかります。短期間で集中するのがいいと思うので、目標は二カ月間、春には脱稿する予定です。収入はゼロになるので、それほど長い期間書いているわけにもいきません。

投稿者 tsuyoshi : 2006年01月22日 22:31

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コメント

おお!ついに簡潔編?
是非読んでみたいな
実際に出版されるの??(それともHP?)
どちらにしても書きあがったら教えてね~

投稿者 おさかべ : 2006年01月23日 09:15

辞めるんだ?  知らなかった。

今日見かけたのに、声かければ良かった。

息抜きがてらに声かけてくださいよ、鍋でもやりながら酒でも飲みましょう、ホントに。

とりあえず、メッセンジャーおつかれさんでした。 
この冬、雨を食らわずやり過ごせたのはラッキーだったね。

I`ll see you soon! have a good one!

投稿者 刺身 : 2006年01月23日 20:56

おさかべ、コメントありがとう。
ホームページに載せるだけなら何度も書き直したりしないです。本にして本屋に並ばせたるために、しぶとく膨大な時間と労力を注いでいるのです。

刺身さんありがとう。
今日がラストランでした。泉ガーデンで終わりました。最後の届け先に届けたときに「ありがとうございました、とても助かりました」と言われて、ちょっと嬉しかった。(その人がきれいな女の人だったというのが嬉しさの8割)
鍋はホントぜひ。住んでるとこ近いから家でやってもいいね。声かけます。
ではでは。
Safe Ride!

投稿者 tsuyoshi : 2006年01月23日 22:21

「散漫」
というのが、愚僧の旅行記の特徴かと思います。
2001年、大学で後輩の手を借りつつ冗談でHPを立ち上げ、その後に違大なる(誤字でありません)珍友Hの協力の下でサイトの体裁を整えていった時に考えていたのは、旅の写真をメインとしたサイトにしようという事でした。
ですから、サイトをスタートさせて8ヶ月後に旅行記の掲載を開始した時には、既に語りたい事のかなりの部分を、サイトで掲載している写真の説明コーナーで語ってしまっていました。
今、旅行記だけを改めてまとめ直すという作業を気分転換にやったりしていますが、そういったバラバラに飛び散ってしまった言葉の欠片を再編するのにえらく手間取ります。
でも、結構楽しいです。あの時の感覚を、また手元に引き戻す事が出来るのですから。
王子も今、同様の事を苦しみながら楽しんでいる事だと思います。お互い、楽しみましょうや。

追伸
メッセンジャーお疲れ様でした。

投稿者 洛北孫子亭 : 2006年01月30日 22:13

孫子書き込みありがとう。
自分の体験を「書く」ということは、同時に、「書かない」ということでもあるのだと痛感しています。あったことを全部書けるわけがありません。どれだけ長く、どれだけ細かく書いても、必ずこぼれ落ちます。大切なのは、網羅的に書くことではなく、体験の中の、象徴的な細部をしっかり取り出すことなのではないかと、いろいろと書いてみて思っています。しっかり取り出しさえすれば、書かなかったたくさんのことが水面下で支えてくれると思っています。
いまは、書いたものをカットしたり掘り下げたりするということをやっています。書いたものに対して、適度な距離をとることが必要で、その距離を探すのがとても楽しいです。
ではでは。

投稿者 tsuyoshi : 2006年02月01日 04:52