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2006年06月07日

心の中にある森

前の日記に、いくつか映画や展覧会や本の感想を書いた。
書いてから、心に浮かんできたイメージがある。それは、森の中の明るい場所から、小さな芽が出るというイメージだ。
いくつかの感想をメモ程度に書き、それからあれこれ反芻し、どうしてこのようなメモを残そうとするのかを考えているうちに、発芽した場所をマーキングしておきたかったのかもしれないな、と思った。

心の中に森があり、そこから次々と発芽していくイメージ。
発芽したことに気がつかないことが多いから、一度言葉にすることでマーキングし、そしてそこから成長していく様子をじっと見守りたいと思うのだ。時間をかけて大木に成長するかもしれないし、すぐに枯れてしまうかもしれない。でも、きっと成長するだろうなという予感があるから、マーキングしてしっかり見守るのだ。

見守るということは、考え続けるということでもある。
本当にすばらしい作品は、観終わった、読み終わったときから成長していくものだと思う。
「すごくよかった」という確かな余韻はあるのだが、うまく言葉にならないし、強引に言葉にしてしまってもこぼれ落ちるものが多すぎるなと感じるような作品。そういう作品は、心にとどめ、くりかえし反芻する。重層的なメッセージに耳をすまし続ける。そうすることで、発芽したものを育てていく。いいものだったと思うから、もっと成長させたいと思うから、いつも心のどこかにとどめておく。そうして時間をかけて、そのような芽が成長してくれたら、森も豊かになるのではないかと思うのだ。

「これは発芽したな」と気づくことも大切だし、発芽したものをいつもこころにとどめ、くり返し考えることで成長させることも大切なのだろう。そしてそれ以前に、発芽できる土壌にすることが大切だろう。
また、植林よりも、やはり芽から育てた方が自然で豊かな森になるだろうなとも思う。自分の中の森が、誰かに植えられた木々だけだったら悲しいし、つまらないと思う。

やはり、多様な植生が混在するような森がいい。発芽したものが互いに影響を与え合うような森がいい。できたら、木登りが楽しめるようなでっかい樹があるといい。樹々はしっかり根を張っていたい。でも、常に新しい芽が出るように、地表まで日が射すような余裕が欲しい。そのためには、ちょっとした手入れは必要かと思う。

そういう、心の中に豊かな森をもつというイメージ。
あるいは、自分の中にどのような森があるのか観察するということ。
これは明らかにフィクションなのだけど、僕にとってはある種の現実的な力を持っている。
物語や芸術の持つ力とは、このような、形はないけれど確かに存在する力のことかもしれない。

投稿者 tsuyoshi : 2006年06月07日 14:25

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