2006年11月23日
『さよなら、サイレント・ネイビー』
本屋で目にした瞬間に、「これは読もう」と思う本がたまにあるけれど、この本がそうだった。
第4回開高健ノンフィクション賞受賞作『さよなら、サイレント・ネイビー』
実はこの賞の第3回に僕の書いたものが最終選考まで残ったことがあり、この賞にはちょっとした縁があったのだが、読み始めると賞のことは遥か後方へ遠ざかっていった。そしてかなり興奮しながら読み終えた。
選考会では4人が満点で、1人が拒否権発動寸前だったらしい。(僕の書いたのは、一人満点二人最低点)僕のときと比べると、はっきり言って県大会と全日本選手権ぐらいのレベルの違いがあった。スケールと視野が違いすぎるのだ。受賞するに決まってる。
地下鉄サリン事件の実行犯豊田亨被告と東大で同級生だった著者が書いた本。
著者の伊藤乾氏は、東大で物理を研究し博士号まで取る一方で、音楽の分野でも活躍しているらしく、現在は東大助教授でもあり、作曲家・指揮者でもあるらしい。
親友だった二人が、ほんのちょっとの違いで、一方は死刑判決を受ける身になり、一方は東大助教授になっている。そういう「偶然のちいさな分岐点」が何だったのか、この社会の構造へと著者が執拗に追う物語。著者には、自分が親友と入れ替わっていないのは「たまたまでしかない」という思いが強くあるから、筆圧はかなり強い。
著者の伊藤氏は、理系の専門的な教育を経ている一方で、音楽家でもあるというキャリアが示すとおり、知性が専門性をどんどん横断し越境していくようなロゴス(全体性)の人。茂木健一郎さんとも似ている知性のあり方で、僕はこういうロゴスの知性のあり方が好きだ。
この本で著者は、脳科学、メディア論、法律、戦争、教育、物理学などを総合し、「オウム的」なものと「日本的」なものの相似を示し、そしてその物語を完全に一人称の自分に引き寄せて語るという、とんでもない知の力技を成し遂げている。この本を書かせる動機の強さ、書かねばならないという危機感に圧倒される。
僕はいままでオウム関連の本では村上春樹さんのインタビュー集『アンダーグラウンド』『約束された場所で』を読み、森達也監督のドキュメンタリー映画『A』『A2』を観、それぞれ非常に強く揺さぶられるようなものを感じてきた。
オウムに対して「異常」「狂気」というレッテルを張り、ひたすら思考停止しようとする人こそが、もっとも「オウム的」(=日本的)なのではないかということを示す、非常に勇気ある仕事だった。
でも、村上さんにせよ、森さんにせよ、立ち位置をニュートラルなものにしようと強く自制していた。いい換えれば、静かに深くコミットしているような態度で事件に接しているのだ。きっとそうでなければ作品にならないからだろう。
一方で、この『さよなら、サイレント・ネイビー』は、被告が友人だという点で、著者の立ち位置がだいぶ違っている。「どうしてあの豊田が?」という極私的な疑問を出発点にしているので、ニュートラルな立ち位置にはなっていない。豊田被告に起こったことを自分ごととして引き寄せながら、「豊田探し」をしているような立ち位置だ。
たいていそのような極私的な立ち位置でノンフィクションを書くと、独りよがりなもの(「私の○○滞在記」などの類いのもの)になる危険があるのだが、そうはなっていないのがすごい。一人称で語る極私的な立ち位置に、深く同時代性があるのだ。そして、同種のことがまだ自分の身にも起こっていないのは偶然でしかないと思えてくる作品なのだ。
キーワードは「局所最適 全体崩壊」という言葉。
オウムを論じることが、日本の病んだ社会の構造を論じることにつながり、「局所最適 全体崩壊」という言葉が、個人の内面においても、この社会の構造においても、切実に響いてくるように思われた。
メディア・マインドコントロール、太平洋戦争時の軍部の稚拙さ、サリン事件以後も続く気の滅入る事件、テレビ、週刊誌等が煽り続けるレッテルの数々、そういうものを全部ひっくるめ、著者は「自分が沈黙を守ることで、これ以上人を不快にしないように」している豊田被告に「豊さんでしか語れない、また豊さんだからこそ語りうることを語ってくれないか」と呼びかけている。
「一人称で語ることの力」と「ノンフィクションの力」をまざまざと感じさせる、すばらしい作品だった。
投稿者 tsuyoshi : 2006年11月23日 02:35
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さよなら、サイレントネイビー。
なんとも惹きつけるタイトルじゃないですか!
(このタイトルの意味は巻末で著者が説明してます)
第四回開高健ノ... [続きを読む]
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