2008年09月23日
アルタイ山脈 エクリプス紀行
皆既日食(Total Solar Eclipse)とは、太陽が月に完全に隠される現象のこと。そのとき空はにわかに暗くなり、太陽の周りに普段は見ることのできないコロナが現れる。
夏の初めごろ、八月一日にロシアや中国で皆既日食が起こると聞いた。
カナダの北部からはじまり、グリーンランドの北を通り、西シベリアを縦断し、モンゴルと中国の国境あたりをかすめ、西安の少し先で終わるとのことだった。八月一日の日食が起きる時刻にこの帯の上のどこかにいれば、皆既日食が見れるのだという。時間は条件のいい場所で二分前後。でも、そのとき雨や曇りだったら見れないし、晴れていてもその瞬間だけ雲に隠されたらコロナは見れない。僕はロシアのアルタイ山脈に、皆既日食を見に行くことにした。
*
成田から北京へ飛び、飛行機を乗り換えて西シベリアの中心都市ノボシビルスクへ飛ぶ。そこから寝台列車でビースクへ。ビースクからバスに乗り換えアルタイ共和国の中心都市ゴルノアルタイスクへ。ゴルノアルタイスクで食糧その他を買い込み、ミニバスに乗りアルタイ山脈の奥へと進み、チビットという小さな村でおりる。そしてそこからはトレッキングになる。目指すはアルタイ山脈の奥深くにある、シャブリンスキー湖。
チビットから重い荷物を背負い歩き出す。山小屋などはないので食糧その他をすべて背負わなくてはならない。三日後の夕方に皆既日食が起こる予定なのだが、シャブリンスキー湖まではちょうど三日ほどかかりそうなので、あまり休んではいられない。
村をぬけ、濁流が流れる広い谷を数キロさかのぼり、谷底にある壊れかけた橋をおそるおそる渡り、針葉樹林の森の中を峠を目指して登る。一日目は橋を渡って少し登ったところでテントを張る。夜、空を見上げると、天の川がくっきりと見える満天の星空だった。
次の日も朝早く起きて歩き出す。樹林帯の上り坂を汗をかきながら登り、やがて樹々がなくなり草原になり、昼すぎに峠にたどり着く。峠は見渡す限り広大な草原になっていて、ゆるやかな風が通り抜けていた。なだらかな下り坂をずっと下り、やがていくつかの細い流れが合わさった川沿いを歩くようになる。休憩したときに靴と靴下を脱ぎ、疲れた足を川にひたすと、あまりに冷たくて、二三秒しか入れられない。高山植物の花がそこかしこに咲いていた。ときおり濃いピンク色の花を付けた高山植物の群落があり目を奪われる。やがてまた標高が少し下がり、樹林帯になる。二日目は朝から晩まで十二時間ほど行動し、樹林帯の中でテントを張る。緯度が高いため日が長く、夜の九時ごろまで明るいので、長い時間行動できるのがありがたい。
三日目も朝早く出発する。この日の夕方が皆既日食が起こる日だった。歩き出して二三時間あたりでシャブリンスキー湖がある谷へと入っていく。広い谷で、いかにも氷河が後退してできたという地形をしている。谷底を流れるシャブラ川がときおり小さな湖になったり、蛇行して湿地帯になっていたりして、飽きることがない。やがて遠くに雪を抱いた山が見え始める。雪山は徐々に大きくなり、やがてすこし急な坂を登ると、目的地としていたシャブリンスキー湖が現れた。湖岸の道を歩き、適当な場所にテントを立てる。しかしまだ樹林帯の中で、谷の底でもあるので、対岸の尾根に太陽が隠されてしまう。地図を見るとさらに奥に湖があるので、不要な荷物をテントに置き、撮影機材だけの軽装でさらに上を目指す。
シャブリンスキー湖をぬけると樹林帯は終わり、やがて氷河が後退したときにできる大きな岩が堆積したモレーンの上を歩くようになる。どんどん谷の奥へと進み、巨岩の間を縫うように歩くと、やがて奥の湖が現れた。湖の色は石灰質が溶け込んでいるのか白濁した水色をしている。すぐ先には氷河の先端があり、その上にはいく筋もの氷河を身にまとったクラサービッツァ峰がそびえ立っている。すばらしい場所だ。
谷の斜面を登り、湖を見下ろす位置に着き、ここらへんでいいだろうと大きな岩の上に腰を下ろし、日食を待つ。左手にクラサービッツァ峰、正面に谷の反対側の尾根があり、太陽はその尾根の上あたりに位置していた。景色はこのうえなく美しいが、太陽はいつもと変わらない。これからこの太陽が隠されるなんて信じられない。わざわざこんな場所にまで来て、何も起こらなかったというのでは困るのだが、それでも、本当にこれから暗くなり、皆既日食が起こるとはとても信じられない。太陽はいつだって頭上に輝いているものなのだから。
どこかの天文学者がきっと難しい計算をして出したのであろう皆既帯の上に確かにいるはずなのだけど、本当に計算はあっているのかと思ったりしながら、皆既日食の時間が近づくのを待つ。
やがて、先ほどより明らかに暗くなってきていることを感じる。辺りの景色がサングラスをかけたときのように見える。「これから何かが起こる」という、ただならない予感がしてくる。肉眼で太陽を見ると明るすぎて欠けていることが分からないが、日食グラス越しに見るともう弓状になっている。そしてその弓がどんどん細くなっているのがわかる。そろそろはじまるなと思いながら眺めていたら、急に辺りが暗くなり、唐突に皆既日食が始まった。太陽が月に隠される最後の瞬間に、その一点が赤く光ったように見えた。
そして白い環が現れた。息をのみ、目を凝らす。それはいままで決して見たことのない、異様な光景だった。太陽と月が完全に一致し黒い円となり、その周りにコロナが、白い環となり浮かび上がっていた。直視してはいけないものを直視しているのを感じ、パンドラの箱を開けてしまったような、もう取り返しのつかないことをしているのを感じる。
しかしそれも数秒間の出来事で、次の瞬間にはコロナの上に分厚い雲が覆いかぶさり、隠されてしまう。そしてそれからはときおり薄くなった雲の向こうからしかコロナは現れない。もう一度はっきりと現れるのを祈るように待っているうちに、雲の向こうから太陽の光が差し込み、皆既日食は終わった。もう二分間が経ってしまったのかと驚く。二分間がこんなに短いと感じたことはなかった。皆既日食が終わってもしばらくは部分日食のため薄暗かったが、やがて周囲はまた元の明るさに戻り、太陽は何事もなかったかのように谷のむこう側の尾根に沈んでいった。
*
あの光景を見て以来、何かを「もっていかれた」気がしてならない。
そうなる予感は十分すぎるほどあり、だからこそわざわざアルタイ山脈まで出かけたのだが、やはり、そうなってしまったようだ。
日常の中に、一瞬だけ何かがなだれ込むような光景だった。そしてたった一回しか見ることのできない光景だった。太陽は日の出と日没を繰り返し、月は満ち欠けを繰り返す。そういう円環的なリズムの真ん中を、突如貫くように現れた光景だった。
宇宙的な規模の出来事に居合わせたことの驚きには計り知れないものがあった。自分が卑小な存在に思えるなどという出来事ではなかった。自分が無化され、あらゆる所属から一瞬だけ解除されるような出来事だった。
アルタイ山脈の山奥で、あの光景と出会って以来、僕は次の日食、その次の日食、これから先起こる日食のことばかり考えるようになっている。
投稿者 tsuyoshi : 2008年09月23日 19:02
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