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2008年12月30日
自己凝視の先にある光景 「石田徹也ー僕たちの自画像ー展」
自転車に乗って、阿佐ヶ谷から中杉通りをずっと北上すると、
西武新宿線を横切り、西武池袋線の中村橋駅に着く。
駅のすぐ近くにある、練馬区立美術館へ。
「石田徹也ー僕たちの自画像ー展」
衝撃と、深い痛みを感じながら、一つ一つ、ゆっくり見ていく。見終わってから、もう一度始めから見直す。そしてさらにもう一度、気になった絵を、凝視するようにじっと見てから外に出て、もう暗くなった道を阿佐ヶ谷へ戻る。
彼のことは、本屋で立ち読みした画集で知っていた。
はじめ友人から展覧会があると聞いたときは、その閉塞感以外の何物でもない絵を、わざわざ見に行こうとは思わなかった。しかし、別の友人も見に行くつもりと言っていて、自転車ですぐに行ける距離だということもあり、行ってみたのだった。
彼が31歳で亡くなっているということ。
その事実が、どの絵にも付いて来てしまう。
彼の絵にはほとんどすべて、自画像と思われる男が登場する。その男は何年間もずっと無表情だったのだが、あるときを境に、明らかに変わっていく。
初期のころの、社会風刺的な作品のイメージしかなかったので、段々と作品のスケールが大きくなり、うつろな目をした自画像が、涙をためた目になり、そして、涙を流した目になっていったときに、ああ、10年間の自己凝視の果てに、普遍的な水脈にたどり着いている、修行僧のようにひたすら自画像を描き続けて、そして「自分」を凝視し続けたその先に、「自分」が消失した場所、水が流れている場所、波が打ち寄せている場所、そんな場所にたどり着いているのに、そこで彼は亡くなってしまった、そのことが痛ましくてならなかった。
この先の絵が見たかった。
晩年の絵を見ていると、この先にどんな世界が開けてきただろうかと思えて、残念でならない。この先、もし彼が生きていたら、自分がいない絵を描いたのではないか。あるいは、波打ち際、草原、海、川などと一体化した絵を描いたのではないか。そんなことを思う。
自己凝視した、自分という檻を見せられる作品は多い。そういう作品をみると、自分もまた狭い場所に押し込められるような閉塞感を感じさせられ、正直に言ってあまりいいものだとは思わない。
そういう狭い場所を抜けた先にあるものを見たい。
心が明るく開けてくるような、命が肯定されるような、自分の檻の扉が開くような作品。
それはきっと、とても美しい光景だろう。
石田徹也さんのHP
展覧会のHP
(展覧会はもう終わっています。)
投稿者 tsuyoshi : 17:36 | トラックバック
2008年12月29日
五年間の沈黙
としくんとはじめて会ったのは2002年の2月。
カルカッタのサダルストリートにある同じ宿のドミトリーで出会い、多くを話した。そのとき彼は大学を休学し、一年間インドやパキスタンを旅していた。
次に会ったのは一年半後の夏。僕はそのころ神奈川県の藤沢に住んでいた。彼は就職活動をしに東京へ来ており、僕の家に数泊した。
そして先日、阿佐ヶ谷で五年ぶりに再会した。
駅で待ち合わせ、カルカッタカフェへ行く。
カルカッタで出会った友人と、カルカッタカフェで話せるのはなんと言っても楽しいことだ。彼とこの五年間おたがい何をしていたかを話す。
彼は就職をせずに、この五年間インドと日本を行き来し、ずっと瞑想をしていたと言った。
インドでは、地図に載っていないような田舎の村の、地元の人しかいない瞑想センターでずっと座っていたのだという。朝から晩まで、一日10時間、10日間連続で座り、数日休み、また10日間座る、あるいはその瞑想センターでボランティアスタッフとして働くということを繰り返していた。瞑想している期間は、アイコンタクトも含め、他者とのあらゆるコミュニケーションができないのだという。
その日は彼は僕の家に泊ってくれた。
彼は毎日夜と朝、最低一時間は座っているのだという。
僕の家でも、夜電気を消してから、座っていた。
僕はいったん横になったが、なんとなく一緒に座ってみたくなったので、おきあがり、僕もやってみると言って座った。
「呼吸を意識する」という彼からのアドバイスを受け、目を閉じ、座ってみる。
座ってみると、その日にあったこと、ここ数日あったこと、現在抱えている想い、これからのことなどが様々に行き来する。そして様々な感情が湧き上がってくる。そしてすぐに呼吸を意識することを忘れる。しばらくしてから思い出し、ゆっくり呼吸する。呼吸を意識する。
一時間ぐらい座ってから、これぐらいかなと思って寝た。
朝も、目が覚めてからすぐに坐っていた。僕もかれにならって座る。
やはり様々な感情が浮かんでは消える。そして大きく感情が揺れ、不安になる。しかし、すぐ横で彼が座っている気配があり、きっと彼はこの五年間、僕がいま経験している感情とは比べ物にならないぐらいの深い場所をくぐってきたのだと思うと、そこに彼が座っているだけで安心感があった。
目を閉じて座ることであらゆる方向に感情は揺れるが、呼吸を意識することで、揺れる感情を中心に戻すような感覚があった。そして振り子が振れるように感情と呼吸を行き来しているうちに、感情がゆっくり地面に抜けていくような、過剰なものがアースされていくような気がした。
一時間ぐらい座ったときに、セットしていた目覚ましが鳴り、お互い目を開けて、おはようと挨拶をする。
それから着替え、出かける用意をして、駅のホームで別れた。
五年間、絵や文章などの作品を制作していれば、それを見てもらうことで、どのような日々だったのかを示すことができる。しかし彼はただひたすら座るという行為だけをしていた。それで示せるのは、自分の身にまとっている気配だけだ。
彼は、五年前とは見違えるほどに、なにか静けさを身にまとっていた。五年間いったいどれだけの深い沈黙と孤独の中にいたのだろうと想像すると気が遠くなる。ありとあらゆる関係性から切り離され、一人で座っていた姿が目に浮かぶ。よくもそれだけ遠くに離れることができたなと思い、そしてよく帰ってきたなと思った。彼は、家族や友だちから遠く切り離され、生きているのかどうかも分からない状況も短くはなかったのだという。
彼が「ひとりになりたかったんだよね」とふと漏らした言葉が忘れられない。そして、「結局ひとりにはなれなかったんだよね」とも言っていた。
彼はつい最近携帯電話を持ったと言って、僕に見せてくれた。
特に気負うこともなく、自然に持つことができたと言っていた。
それを聞いて、ああ本当に帰ってきたんだなと思った。長い長いひとりきりになる旅を終え、関係性の中に生きようとしているんだなと思った。
彼はカウンセラーになろうと思っていると言っていた。彼の静けさを身にまとった気配と、中心がぶれない感じ、ありとあらゆる感情を座ることで大地にアースしていける技術があれば、きっとすごい深みの中で他者の声に耳を傾けられるだろうなと思った。
投稿者 tsuyoshi : 22:20 | トラックバック
2008年12月24日
友人の友人という関係で広がっていく世界の豊穣さ
昨日は友人の彼女の家でクリスマス会。
前菜にタコとパセリのマリネをいただく。それからオクラとゆで卵と手製ビーフジャーキーのサラダ、たらこスパゲッティ、ペペロンチーノと次々とすばらしい料理が続き、そしてメインに、骨付き鶏肉のオーブン焼きが出てきた。平らなプレートにオリーブオイルに浸かった骨付き肉が人数分並べられ、トマト、パプリカ、たまねぎ、じゃがいもなどがほとんど丸ごと並べられ、表面がこんがり焼けて、じゅうじゅうと音を立てている。おいしいおいしいと、夢中になっていただく。食後にはハーブティーと手製のカボチャケーキ。みなでたくさん話し、お腹いっぱいいただいての帰路、なんて心と手間ひまかけた料理なのだろう、きっと彼女とずいぶんと前から相談し、作戦を練っていたに違いないと思い、そういう場に呼んでもらえたことを心から嬉しく思った。
*
今年一年を振り返ると、友人の友人という関係で広がっていく世界の豊穣さに心から魅せられた一年だったということができると思う。
去年まではおそらくそうではなかった。旅から帰ってから僕は、自分の内面を掘り下げていくこと、一人で立っていくこと、言い換えれば自由と孤独というものを大切にしていたと思う。その過程で多くの本と出会い、その本から得られたものを栄養にして、ずっと自分の中にある、なにか得体の知れないものを見ようとしていたように思う。
そういう思いを育てることで得られた光景が、一本の樹が立っているというイメージだった。
去年の9月に「次の十年、「根」と「葉」について」という文章を書いた。その中で僕は、「自分」が「世界」とどう関わっていきたいかということを、根と葉をイメージして探っていた。
「世界」と「自分」との関係を考えるとき、このごろぼくはよく、一本の木をイメージします。森の中に立つ一本の木のように世界と連絡をつけたいなと思うのです。
一本の木は主に「根」と「葉」とで世界と連絡をつけています。「根」は、暗い地中に深く伸び、「自分」を「世界」と繋げ、そのことで自立しています。「葉」は、明るい空の中で光を受け、「自分」を「世界」に向けて開き、そのことで森の一部になっています。森の中に場を得ています。そういう木のありかたに、なにかとても大切な、見習うべきものがある気がするのです。
こう書いているときの僕は、「自分」と「世界」との関係性に焦点が合っていて、自分を取りかこむ他者の存在にまではあまり目が向いていなかったように思う。
それからしばらくし、僕はある友人の結婚式に出席した。そして二人がみんなの前に立っている姿を見て、「二本の樹が立っている」というイメージがありありと目に浮かび、「祝婚の詩」という詩を書いた。
そして、一年前ぐらいから、友人の友人という関係性の中で、「世界」というものが開けていくようになった。
ある人と出会い、友人になるということは、あるビジョンを共有しているということ。あるいは共通の「問い」を抱えているということ。そういうときは必ず、なにかとても深い部分での会話がなされ、そして、ああここにも同じようなビジョンを模索している人がいる、やっていることはそれぞれだけど、同じ方向に向かっていると思い、嬉しくなる。そして、その共有できる想いと、それでもどうしても共有できない想いとがせめぎ合い、友人たちとの関係性という場が形成され、世界が広がっていく。
そうやって広がっていく世界は、この上なく豊穣なものだった。
でもそうやって広がることができたのはやはりその前に、一本の樹のように立っていきたい、そうやって世界と連絡をつけていきたいと強く願ったからだ。「一人」という感覚はやはり重要で、それなくして他者と出会えないのではないかとすら思う。
しかしその「一人」という感覚は、他者に影響されないということではない。それどころか、出会ってしまったことにより、もう取り返しのつかない、決定的な変化が起こることさえある。
もう引き返せないという点を、ありったけの勇気で越えて行ったときには、その先にいままでとはまるで違う光景が広がっている。そしてそういう光景こそが、ほんとうは自分が求めていたものなのだということに、後から気づいたりする。そのようにして出会い、変化を受け入れていくことが、自分の樹を育てていくということなのだと思っている。
今年は、充実した、あまりに長い一年だった、という感覚がある。
そういう一年を過ごせたことをとても嬉しく思う。
濃密な、ずっと旅をしていたような一年で、去年のことがはるか昔の出来事のように思える。
それは次々に起こる変化を受け入れていったからだと思う。
そういう変化のきっかけを起こしてくれた友人たちに感謝します。
これからもよろしく。
投稿者 tsuyoshi : 08:37 | トラックバック
2008年12月08日
「Altai Eclipse」展示の様子
calcutta cafeでの二週間の写真の展示が無事終わりました。
ほんとうにたくさんの方に来ていただきました。
二週間で僕は20回ぐらいカフェに出向き、いろいろな方とお話しました。
こんなに短期間に、こんなに集中的にたくさんの方とお会いすることは、普段はありえないことなので、終わってしばらく経った今でも、なにかすこしぼーっとしてます。
来ていただいた方、ほんとうにありがとうございます。
来ていただいたのにお会いできなかった方、ごめんなさい。
都合がつかなくて来れなかった方、またの機会にお会いしましょう。
以下に展示の様子と、会場で配った紀行文(ブログに載せた紀行文を書き直したもの)を載せておきます。

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アルタイ山脈 エクリプス紀行
本郷毅史
皆既日食(Total Solar Eclipse)とは、太陽が月に完全に隠される現象のこと。そのとき空はにわかに暗くなり、太陽の周りに普段は見ることのできないコロナが現れる。
夏の初めごろ、八月一日にロシアや中国で皆既日食が起こると聞いた。
カナダの北部からはじまり、グリーンランドの北を通り、西シベリアを縦断し、モンゴルと中国の国境あたりをかすめ、西安の少し先で終わるとのことだった。八月一日の日食が起きる時刻にこの帯の上のどこかにいれば、皆既日食が見れるのだという。時間は条件のいい場所で二分前後。でも、そのとき雨や曇りだったら見れないし、晴れていてもその瞬間だけ雲に隠されたらコロナは見れない。僕はロシアのアルタイ山脈に、皆既日食を見に行くことにした。
*
成田から北京へ飛び、飛行機を乗り換えて西シベリアの中心都市ノボシビルスクへ飛ぶ。そこから寝台列車でビースクへ。ビースクからバスに乗り換えアルタイ共和国の中心都市ゴルノアルタイスクへ。ゴルノアルタイスクで食糧その他を買い込み、ミニバスに乗りアルタイ山脈の奥へと進み、チビットという小さな村でおりる。そしてそこからはトレッキングになる。目指すはアルタイ山脈の奥深くにある、シャブリンスキー湖。
チビットから重い荷物を背負い歩き出す。山小屋などはないので食糧その他をすべて背負わなくてはならない。三日後の夕方に皆既日食が起こる予定なのだが、シャブリンスキー湖まではちょうど三日ほどかかりそうなので、あまり休んではいられない。
村をぬけ、濁流が流れる広い谷を数キロさかのぼり、谷底にある壊れかけた橋をおそるおそる渡り、針葉樹林の森の中を峠を目指して登る。一日目は橋を渡って少し登ったところでテントを張る。夜、空を見上げると、天の川がくっきりと見える満天の星空だった。
次の日も朝早く起きて歩き出す。樹林帯の上り坂を汗をかきながら登り、やがて樹々がなくなり草原になり、昼すぎに峠にたどり着く。峠は見渡す限り広大な草原になっていて、ゆるやかな風が通り抜けていた。なだらかな下り坂をずっと下り、やがていくつかの細い流れが合わさった川沿いを歩くようになる。休憩したときに靴と靴下を脱ぎ、疲れた足を川にひたすと、あまりに冷たくて、二三秒しか入れられない。高山植物の花がそこかしこに咲いていた。ときおり濃いピンク色の花を付けた高山植物の群落があり目を奪われる。やがてまた標高が少し下がり、樹林帯になる。二日目は朝から晩まで十二時間ほど行動し、樹林帯の中でテントを張る。緯度が高いため日が長く、夜の九時ごろまで明るいので、長い時間行動できるのがありがたい。
三日目も朝早く出発する。この日の夕方が皆既日食が起こる日だった。歩き出して二三時間あたりでシャブリンスキー湖がある谷へと入っていく。広い谷で、いかにも氷河が後退してできたという地形をしている。谷底を流れるシャブラ川がときおり小さな湖になったり、蛇行して湿地帯になっていたりして、飽きることがない。やがて遠くに雪を抱いた山が見え始める。雪山は徐々に大きくなり、やがてすこし急な坂を登ると、目的地としていたシャブリンスキー湖が現れた。湖岸の道を歩き、適当な場所にテントを立てる。しかしまだ樹林帯の中で、谷の底でもあるので、対岸の尾根に太陽が隠されてしまう。地図を見るとさらに奥に湖があるので、不要な荷物をテントに置き、撮影機材だけの軽装でさらに上を目指す。
シャブリンスキー湖をぬけると樹林帯は終わり、やがて氷河が後退したときにできる大きな岩が堆積したモレーンの上を歩くようになる。どんどん谷の奥へと進み、巨岩の間を縫うように歩くと、やがて奥の湖が現れた。湖の色は石灰質が溶け込んでいるのか白濁した水色をしている。すぐ先には氷河の先端があり、その上にはいく筋もの氷河を身にまとったクラサービッツァ峰がそびえ立っている。すばらしい場所だ。
谷の斜面を登り、湖を見下ろす位置に着き、ここらへんでいいだろうと大きな岩の上に腰を下ろし、日食を待つ。左手にクラサービッツァ峰、正面に谷の反対側の尾根があり、太陽はその尾根の上あたりに位置していた。景色はこのうえなく美しいが、太陽はいつもと変わらない。これからこの太陽が隠されるなんて信じられない。わざわざこんな場所にまで来て、何も起こらなかったというのでは困るのだが、それでも、本当にこれから暗くなり、皆既日食が起こるとはとても信じられない。太陽はいつだって頭上に輝いているものなのだから。
どこかの天文学者がきっと難しい計算をして出したのであろう皆既帯の上に確かにいるはずなのだけど、本当に計算はあっているのかと思ったりしながら、皆既日食の時間が近づくのを待つ。
やがて、先ほどより明らかに暗くなってきていることを感じる。辺りの景色がサングラスをかけたときのように見える。「これから何かが起こる」という、ただならない予感がしてくる。肉眼で太陽を見ると明るすぎて欠けていることが分からないが、日食グラス越しに見るともう弓状になっている。そしてその弓がどんどん細くなっているのがわかる。そろそろはじまるなと思いながら眺めていたら、急に辺りが暗くなり、唐突に皆既日食が始まった。太陽が月に隠される最後の瞬間に、その一点が赤く光ったように見えた。
そして白い環が現れた。息をのみ、目を凝らす。それはいままで決して見たことのない、異様な光景だった。太陽と月が完全に一致し黒い円となり、その周りにコロナが、白い環となり浮かび上がっていた。直視してはいけないものを直視しているのを感じ、パンドラの箱を開けてしまったような、もう取り返しのつかないことをしているのを感じる。
しかしそれも数秒間の出来事で、次の瞬間にはコロナの上に分厚い雲が覆いかぶさり、隠されてしまう。そしてそれからはときおり薄くなった雲の向こうからしかコロナは現れない。もう一度はっきりと現れるのを祈るように待っているうちに、雲の向こうから太陽の光が差し込み、皆既日食は終わった。もう二分間が経ってしまったのかと驚く。二分間がこんなに短いと感じたことはなかった。皆既日食が終わってもしばらくは部分日食のため薄暗かったが、やがて周囲はまた元の明るさに戻り、太陽は何事もなかったかのように谷のむこう側の尾根に沈んでいった。
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あの光景を見て以来、何かを「もっていかれた」気がしてならない。
そうなる予感は十分すぎるほどあり、だからこそわざわざアルタイ山脈まで出かけたのだが、やはり、そうなってしまったようだ。
日常の中に、一瞬だけ何かがなだれ込むような光景だった。そしてたった一回しか見ることのできない光景だった。太陽は日の出と日没を繰り返し、月は満ち欠けを繰り返す。そういう円環的なリズムの真ん中を、突如貫くように現れた光景だった。
宇宙的な規模の出来事に居合わせたことの驚きには計り知れないものがあった。自分が卑小な存在に思えるなどという出来事ではなかった。自分が無化され、あらゆる所属から一瞬だけ解除されるような出来事だった。
アルタイ山脈の山奥で、あの光景と出会って以来、僕は次の日食、その次の日食、これから先起こる日食のことばかり考えるようになっている。
