2008年01月13日
映画「いのちの食べかた」
おとといの夜、友人に誘われ、「いのちの食べかた」という映画を見に行った。
食べ物の生産と加工の現場を映し続けたドキュメンタリー映画。ナレーションもセリフもインタビューも音楽も一切なく、「意味」というものを極端に排除し、ただ淡々と映像が切り替わるだけの、ストイックすぎるほどストイックな映画だった。92分間、息を止めるように凝視して、見終わったあとは長い潜水をしていたような目眩を覚えた。
驚いた、というのが正直な感想。
あまりに何度も驚いたので、最後には何に驚いたのか分からなくなるぐらい、僕はずっと驚いていた。
そしてそれからずっと、なにかとても原初的な感情のなかにいる気がする。もしかしたらとんでもない作品を見てしまったのではないかと思いつつ、未分化の、名付けようのない感情の中にとどまりながら、分類して消化したり了解済みにしてしまったりしないで、この未分化の感情のなかにできるだけ長くとどまっていたいと思い続けている。誘われたからという理由で、なんの構えもなく見に行ったのだが、思いの外こたえた。ストンと落とし穴に落ちたような不意打ちだった。
この映画は、「現代の食糧生産事情を多くの人に知って欲しい」というパンフレットにあったニコラウス・ゲイハルター監督の言葉そのまま、ただ見て、ただ知るだけのものだった。ただ光景という素材を提供するだけで、それをどう受け取るかは完全に見る側にゆだねていた。何も批判しないし、告発しない。どこまでもただの凝視する目であり続けようとするカメラの視線が、安易な答えへと導くことなく、自分で考えろと突き放す厳しさと、受けとめ方はあなた次第だという寛容に満ちていた。その立ち位置がとても好ましかったから、映画を凝視し続けられたのだが、終わってみるとなぜだか逃げ場所のないところに追いやられている気がした。
「食べる」ということが、ほんとうはどういうことなのか、たぶん僕たちはそのほんとうのことを直視できるほど強い自我を持ち合わせてはいない。直視すると自我が破壊されてしまうのだと思う。「食べる」ということの真ん中には、あらゆる意味と言葉と行為とイメージを無限に創造し、同時に無化するような底が抜けたゼロ地点がぱっくりと口を開けていて、ドーナツの真ん中が食べられないように、僕たちは「食べる」ということの真ん中を直視できない。
でも、直視できないけれど、にじり寄ることはできる。この映画はぎりぎりまで、「食べる」ということの「ほんとうのこと」ににじり寄った映画だと思った。映画の原題は「OUR DAILY BREAD」。光景だけのこの映画において、唯一手がかりになりそうなのはこのタイトルだけだ。訳すと「日々の糧」となるそうだが、かなり宗教的な意味合いを持たせている言葉でもある。掴もうとしても手の中をするすると逃れていく光景たちだが、「OUR DAILY BREAD」という言葉を、記憶の中に釣り針のように垂らし、何かが釣り上がるのを辛抱強く待つしかないのだろう。
いまは、記憶の中で、映画の光景が、居場所を探すように移動し続けていて、やっかいだから考えることを留保していた別の事柄をつぎつぎと起こしてしまうような状態。だから今ちょっと頭の中が騒がしくなってる。しばらくはこの騒がしさに付き合うしかないみたい。おすすめです。
投稿者 tsuyoshi : 20:30 | トラックバック
2007年09月30日
映画「水になった村」
先週ゆーさん(石田ゆうすけ氏、自転車旅友だちかつ阿佐ヶ谷のご近所さん)が、おすすめだよと映画「水になった村」のパンフレットと割引券をぼくのアパートの郵便受けに入れてくれてた。次の日友だちの寺町くんから来週「水になった村」っていう映画見に行きませんかというお誘い。
ほぼ同時に二人の友人から誘われ、これは絶対見に行かねばと思い、土曜日にポレポレ東中野へ行ってきた。
実は以前「ひめゆり」という映画を同じ映画館でみたとき、「水になった村」というタイトルだけは目にしていた。でも特に心に留まらなかったのは、タイトルから、暗い、悲しい、気が重たくなるイメージが浮かび、ああそういう映画かと思ってしまったからだと思う。
でもとんでもないのである。むしろ正反対で、明るく、楽しく、そして透明な哀しみに満ちた不思議な清々しさが、見終わったあともずーっと残っている。
ダム建設に伴い水に沈むことになる徳山村に、「村が沈んでしまうまでできる限り暮らし続けたい」と、移転先から何家族かの老人たちが戻ってきていた。そのじじばばたちの暮らしぶりを監督の大西さんが15年間通い続け撮りためたドキュメンタリー映画。
ともかく食べてばかりの映画だった。
山菜や木の実などをとり、畑の野菜を収穫し、魚をとり、それを料理し、ともかく尋常ではない量を食べていた。ソフトボール大のぼたもちを二つも三つも食べ、一回の食事で、監督とじょさんという八十代のおばあちゃんとで五合の炊き込みご飯を平らげていた。すごくおいしそうだった。
そんなに食べても太らないのは、きっとずっと働き続けているから。山菜をとりに何時間もかけて野山を往復し、それを大変な手間をかけて漬け物などにし、ほぼ一日中ずっと食べ物を作り続けている。
この映画を見ていると、生きることと食べることと働くことが直結していて、そのシンプルさがきらきら光ってまぶしいぐらいだった。
見終わったあと配られていたアンケート用紙に感想を書こうとしたのだが、いい映画を見終わったあとの常でなにか頭がぼーっとしてしまい、とても言葉にならず、ただ「すごくよかったです」ということぐらいしか書けなかった。もうちょっとこのぼーっとした、言葉にならない、とても幸せな余韻の中にいたい、もう少ししたらやはり、そのぼーっとした霧のような状態をぎゅっと透過させて言葉にしていくことになるのだろうけど、せめて見終わった直後だけは、頭に乱反射しているイメージの断片と音楽の余韻の中にいたいと思っていた。
映画の冒頭に、村道にゆっくりと水が迫りバッタが驚いている映像と、大きな一本の杉の木が半分まで水没している映像があった。ありえない事態に、昆虫も、木々も、とても驚いているようだった。
じょさんの大きな家が取り壊される映像は余りに悲しかった。一体僕たちはこれほどのものを犠牲にして何を得ようとしているのか、取り返しがつかない性急な変化の中で、どこへ向かおうとしているのか。
村から移転先に引っ越したある老人が、もう20年も住んでいるけれど仮住まいのような感じだと言っていた。
その感覚は、ぼくにとっては日常的なものになっている。大きな変化の方向として、狭く深く大地とつながっていた人間が、その接続の仕方を変え、広く浅くつながるようになっているのだと思う。そういう変化のなかに僕もいるから、どんな場所にいても仮住まいのような感覚を覚えることがもはや当たり前になっている。
単純に昔がよかったなどとは思わないし、この映画もそういう押し付けがましいところはない。
ただ淡々と、底抜けに明るいじじばばの暮らしぶりを伝えてくれるだけなのだが、それが僕にとってはなにかユートピアのように見え、眩しいほど楽しそうな暮らしに思えた。本当は、地上にユートピアはないということは分かっているはずなんだけど。
何を美しいと思うのか、どんな光景が輝いて見えるのかが、変化の方向を決めていくのだと思う。巨大なダムや、超高層ビルを見上げたときに心躍るようなものを覚え、大都市の、何でも買える便利さ、どこへでも行ける自由、多くの人やすばらしい作品に出会える可能性に未来が開かれていると感じるのなら、そういうものを押し進める方へと世界は変化しつづけるだろうし、木漏れ日や小川の透明な水を美しいと思い、薪で焚く風呂や、自分で採った山菜の漬け物や、自分の手でなんでも作る生活をいとおしいと思うのなら、もうちょっと節操のある方向へと舵を切っていくのだろう。
僕は、困ったことに両方ともが魅力的に思える。
だから両者に引き裂かれているというのが正直なところ。
でも、矛盾を抱えながら引き裂かれてしまうのではない、新しい大地との関係の仕方がきっとあるとも思っている。(思いたいのだ)
この映画には、そういう新しい価値観を育てていくヒントがどっさりと詰まっている気がした。
主題歌は宮澤賢治作詞、李政美(イジョンミ)さんが歌う「星めぐりの歌」。
この歌は「双子の星」という童話のなかに出てくる歌でもある。
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである(「農民芸術概論・序論」)
という賢治のことばを思い出す。
じじばばの世代の、銀河系に応じて生きる生き方を参考に、ぼくたちの世代は、どうやって銀河系を意識し、どうやってそれに応じていくことができるのだろうか。徳山村の日常を撮った作品であるのだけど、決して徳山村に限ったことではない、なにか宇宙的な広がりをも感じさせる作品だった。
この映画は、見終わったあと無性に人に勧めたくなるような力があります。
なにか、大切なバトンを渡された気になり、星めぐりのようにリレーしていきたいという気になるのです。友人から勧められてみた映画、順送りに繋がっていけたらなと思う。心からおすすめします。
ps
ポレポレ東中野での上映は10月5日までなのでもうすぐ終わってしまいます。
大垣での上映は10月中旬までのようです。
名古屋、長野、大阪ではこれから上映されるようです。
詳しくは「水になった村」のHPで。
ps2.
ネットをうろうろしていたら、さげさかのりこさんの感想を見つけた。
僕は「考える人」という雑誌が大好きで、そこに連載されているさげさかさんの「娘と私」というエッセイの大ファンでいつも楽しみにしているのだが、映画の感想もとても丁寧に書かれていて読み応えがあった。「一番悲しいことは、終わってしまうことではなく、続かないということだ」ってほんとうにそう思う。
投稿者 tsuyoshi : 13:48 | トラックバック
2007年08月19日
映画「ひめゆり」
「ひめゆり」というドキュメンタリー映画を観た。
前からこの映画を見たいと思っていて、東中野にある映画館でレイトショーで上映しているのも知っていて、行こう行こうと思いながら夜8時ぐらいになると決まって急に眠くなり、何日も行き逃していたのだけど、今日ようやく観ることができた。
8時ごろになると急に眠くなったのは、この映画とちゃんと対峙するのがつらいなと感じていたからだと思う。
沖縄戦で「ひめゆり学徒隊」の一人一人がどのようなことを体験したかを、生き残ったおばあたちの証言で綴るドキュメンタリー映画。
この映画のことは、Coccoのスピーチ(Cocco - 沖縄ゴミゼロライブ - Peace)を見たことがきっかけ。
それからCoccoが映画のパンフレットなどにメッセージを寄せていることを知り、ぜひ見てみたいと思ったのだ。
映画が始まってすぐ、やっぱり途中で部屋を出ちゃうかもしれないと思った。ぼくの器はあまりにもちいさく、すぐに溢れてしまうと思った。
でも、映画の中で話してくれているおばあたちの痛みに比べたら、その証言を聞く痛みなどとるに足らないものだとも思い、それにおばあたちの表情が、とてもつらい体験を語っているにも関わらずどこか希望とやさしさに満ちていたから、最後まで観ることが出来た。
そして、僕は本当になんにも知らなかったと思った。
知識や情報ではちきれそうになっている僕の頭は、でも本当に知らなければならないことがすっぽり抜け落ちていると思った。
一人一人の、生身の人間に起こったこととして知ることなしに、どんな出来事も本当の意味で知ることなんて出来ないんだと痛感した。
過去を現在につなげていくこと。それは時に痛みを伴うけれど、僕たちがいまどんな場所に立っているかを知らないと、ちゃんと自分の足で立つことが出来ないから、いま立っている場所はどんな過去とつながっているのか、ちゃんと知りたいと思う。
かつて僕は、「強さ」というのは、異国の地に一人でいても、圧倒的な孤独の中にいても、どれだけ厳しい自然状況のなかにおかれても、生きていけることだと思っていた。
そんな強さがほしいと思い、単独で山に登ったり旅をしたりした。
でも「強さ」ってそういうものだけじゃないといまは思う。
自分の立っている現実から目を逸らさない強さ、思考停止をしないで考え続ける強さ、他者の痛みをありありと自分ごととして受けとめられる強さ、自分のなすべきこと、やり遂げるべきことを探し、みつけたらそれを全うして生きる強さ。いまはそんな強さに憧れている。
映画を見に行こうとするだけで眠くなってしまう僕はいまあまりに弱いけれど、そんな強い人になりたいと思った。話してくれたあのおばあたちに感謝するとともに、その強さに逆に励まされるような気がした。
多くの人にぜひ見て欲しい映画です。
痛みを感じずに観ることはできない映画だけれど、おばあたちの明るさと、南国の、命を肯定してくれるような光景に助けられ、痛みが深いところから希望に変わっていくのを感じられる映画でした。
投稿者 tsuyoshi : 02:23 | トラックバック
2007年04月02日
映画「デック 子どもたちは海を見る」
ドキュメンタリー映画「デック 子どもたちは海を見る」
先月の中旬に見に行った映画。
前日の真夜中に突然友人から電話が来て、明日この映画を見に行かないかと誘われた。それで、リンクした映画紹介ページを覗いたのだけど、正直興味をそそられなかった。でも、せっかく誘ってくれたのだからと観に行ったのだ。
そしたらすごくいいドキュメンタリー映画だった。
僕はその日徹夜していて、ものすごく眠い状態で見に行って、これは絶対に途中で寝てしまうと思っていたのだけど、とんでもなかった。すぐに映画に引き込まれて、全く眠くならないどころか、見終わったあと眠気がまったくなくなってた。
タイの山の中の学校に通う子どもたちを撮ったドキュメンタリー映画。
見る前は、JICAでの上映だし、途上国支援の話らしいし、先入観からなんとなく「いかに悲惨な状況か」「いかに僕たちが傲慢な生活をしているか」を見せられるような気がして、なんだかなあと思いながら見に行ったのだけど、そういう分かりやすいテーマやメッセージがあるような映画ではなかった。もっと喜びに満ちた映画だった。
海を見たことのない子どもが、ずっと海を見たいと思っていて、そして中学校の修学旅行ではじめて海を見に行く。そういうとてもシンプルな話。シンプルだけど深みのあるシンプルな話。子どもたちはほんとうによく笑い、よく泣いていた。感情を抑圧していなかった。海を見たときの子どもたちの嬉しそうな表情が、あらゆるムツカシイ問題を逆照射するかのようだった。川の源流部に住む子どもたちが、その川の流れる先を見に行くという話は、なんかずるいって思ってしまうぐらい詩的だと思った。
海を見ることをあれだけ心待ちにできる、海を見ることをあれだけ喜べるということ。あのような、大喜びではじめて海をみるような体験は、心の中にたまってしまうものを大津波のような力で一掃するようで、見ていてとても清々しかった。
憧れを持ち続けること、憧れを溜めて、待ち続けて、一気にひっくり返すようなシンプルな生き方。いいなあと思った。ああいう心を根こそぎなぎ倒されるような喜びを体験することは、その後の原体験になるだろうなと思った。
監督は二人のタイ人の女性。一年間その村に住み込んで撮影したらしい。深い信頼関係が築けているのが見ていて伝わってくる。そういうのは見ていて安心するし、ほんとうにいい場面をしっかり撮っている。
自主上映のようにしか上映していなくて、関東では4月6、7日に広尾のJICAでまた上映会があるらしい。タダで見れるのでお得です。タダだから見てみようと気軽にいくのがいいと思われます。ポレポレ東中野などのドキュメンタリーをよく上映してる映画館で上映してもぜんぜんおかしくない、すばらしい映画でした。
投稿者 tsuyoshi : 13:27 | トラックバック
2007年01月16日
映画『もんしぇん』
日曜日に、ずうっとみたいなと思っていた『もんしぇん』という映画を、ポレポレ東中野という映画館へいき見てきた。
映画館を出てぶらぶらと歩き、自転車に乗って阿佐ヶ谷の自宅までもどり、それから夕ご飯を作って食べて、『もんしぇん』のパンフレットを眺め、すこしうたたねし、銭湯へ行き、もどってくるという時間のなかで、ずっと、なにかこんこんと溢れてくるような感想があった。いいものを観たり読んだりした後にだけ感じる“あの感情”にすっぽりと包まれていた。
それは泉のように溢れ出てくることばの連なりのようなもので、なにか恋にも似た感情で、そういうものを感じられた作品は、溢れ出てくるものを文字にして誰かに伝えたくなる。
でも、もともと言葉にならないものを言葉にするには、ある種の強引さが必要で、そうすることでその作品のよさが変形してしまうかもしれないと思うと、安易に文字にしたくないという気にもなる。言葉にならないものを、その伝えきれなさごとごっそりと写し取れればいいのにといつも思う。
それでもあえてこうやって感想を書こうとしているのは、ブログを読んでくれてる人に紹介したくなったから。ただただ「おすすめだよ」と言いたくて、具体的に何人かの友人を思い浮かべながら書いている。
中央線の東中野にあるポレポレ東中野という映画館で26日まで上映している。映画館で観たほうがいいに決まっているけれど、いまのところここでしか上映していないから首都圏に住むひと以外は足を運ぶのはむつかしいかもしれなく、その場合はダウンロードという手段もあるみたい。書きたいこと伝えたいことはそれだけで、以下の感想のようなものは蛇足でしかない。
映画を観ながらいろいろなことを想っていた。
映画の物語にさまざまなことが共鳴し、ああいいタイミングで観ているなと思っていた。だから映画そのものの感想というよりも、その共鳴していた僕の側のことを書いてみようと思う。
すこし前に読んだ『バスジャック』という三崎亜記さんの短篇集のなかに『送りの夏』という長めの短篇があるのだけど、その物語が不思議な具合に『もんしぇん』と響きあっていた。
どちらも不思議な共同体と、不思議な人形が登場し、海辺という場所が重要になっている。『送りの夏』が死者を送る喪の姿を描いているものだとしたら、『もんしぇん』は産まれてくる命を描いている。あるいはどちらも順送りに連なる命を描いている。
『送りの夏』には人形を小舟に載せて海へ送る場面があるのだが、『もんしぇん』の主人公はるや登場する老人たちは、それぞれ小舟に乗って島へやってきたらしい。海というきわまりのない異界と、陸地に住む人間たち。舟は生と死を仲立ちするものなのかもしれない。そしてこういう「順送りに連なる命」という壮大なモチーフは、梨木香歩さんの『沼地のある森をぬけて』という長編小説を思い出させた。
海とそこをただよう小舟のイメージがこの映画の通奏低音のようになっているのだけど、それは以前書いた「ひとりのりのこぶね」という詩を思い出させた。
この詩に書いた小舟のイメージはいつからか脳裏にあったもので、中島みゆきの「二隻の舟」という曲や谷川俊太郎さんの「はだか」という詩集や自分のさまざまな経験などから徐々に形作られていったものだと思うけれど、実際に書いてみようと思うまでは漠然としたイメージにすぎなかった。
小舟のイメージを詩にしてみようと思ったのは、ふとした偶然で友人を介してある人と会ったからだった。そのことは「伝わらなさをこそ」というエッセイにしたのだけれども、でもエッセイとして書くだけでは不十分すぎて、もっと湧きあがってくるイメージにピントを合わせ、詩の言葉に写し取ってみようと思って書いてみたものなのだ。
そのずっと抱いていた小舟のイメージが、『もんしぇん』では大きな命の連なりの物語になっていたのでとても嬉しかった。僕が抱いていたイメージは狭く限定されたものだったけど、同じようなイメージを、僕の知らない人と共有していたということを知れて嬉しかった。
『もんしぇん』は九州の天草を舞台としている。
映画の中にちょっとだけ教会があらわれて印象に残り、パンフレットにその教会の名前が崎津天主堂と書かれていた。それで、数ヶ月前ある大切な友人から天草を旅行した様子をメールで教えてもらったことがあり、そこに教会の名前があったことを思い出し、そのメールを読み返してみたらやっぱり崎津天主堂だった。こういうささやかな偶然の一致は、ぼくがもっとも嬉しく感じることのひとつだ。
『もんしぇん』を観てもっとも印象に残ったのは主人公はるの目。
大きな、意志の強そうな、魅力的な光が宿っている目だった。迷いや矛盾を抱えながらも卑屈にならず、媚びることもなく、しっかりと両足で立とうとしている人の目。
僕はこういう目をした女性にほとんど理不尽なまでに惹かれる。現実生活でもごくたまにそういう目をした女性に会うことがあるけれど(そしてときどき理不尽な想いに陥ったりするけれど)、彼女らは歳をとることでどんどん素敵になっていくから不思議だ。こういう目の美しさは、二十代後半ぐらいから徐々に獲得していくものなのかもしれないなとも思う。それまでの生き方が怖いぐらい現れてしまう。
主人公のはるを演じる玉井夕海さんは、『千と千尋の神隠し』でリン役の声優もつとめた人らしい。
パンフレットによると僕とおなじ1977年生まれ。
主人公の他に、映画の脚本と音楽も担当している。そしてこの映画の生みの親でもあるそうだ。
16歳のときに、天草の崎津の入り江で、この映画の核のようなものが芽生えたのだという。
「いつか、天草で映画を作りたいのです。」 16歳のあの日以来、何処かで誰かと出会う度、まるで呪文のように同じ言葉を繰り返し、繰り返し、私は歩いてきた。理由を聞かれればいつも、よくわからないけれど海を見ていたらそんな気がしました、と根拠のない自信でもって答えたけれど、「…なんでだろう」と自分で自分を疑い始めると、突然何もかもが不安になって、見えていたはずの絵も聞こえていたはずの音も聞こえなくなって、結局なにがやりたいのかもよくわからなくなった。(パンフレットの玉井さんの言葉の抜粋)
実際に映画として世に出すまでに12年もの歳月がかかっている。
そんなに長い期間、よく作品をたぐりよせる糸が切れなかったなと思う。
孕むように作品のアイデアが彼女に宿ってから、ちょうど子宮で胎児が育つように、
彼女のなかで作品が成長していったのだろうな。
作品を妊娠し、それを出産するということ。
そんな比喩がこの映画ではそれほど大げさに感じられないからすごい。
主人公のはるは妊娠した身体に自分の中の海を感じているが、
玉井さんは16歳のときに作品を孕み、不知火海が子宮となり映画になっている。
この、いちばん内側が外側とつながっているような「海」のありかたには、
男である僕にとっては、不思議な心地よさの中に、根源的な畏れのようなものを感じさせる。
ゆっくりとしたリズムの、穏やかな時間が流れている映画だけど、
聞こえるか聞こえないかのちいさな声に耳をすますと、
そのかすかに聞こえてくる産声のようなものはそれほど安全でも無害でもない。
主題歌である「脈動変光星」と「Psalm of the sea」は、インターネットからダウンロードできるようになっている。
玉井夕海さんが作詞作曲して歌っている曲で、このところずっとリピートさせながら聴いている。
玉井さんと脚本・イメージ設計の海津さんは1977年生まれだし、監督の山本さんは1976年生まれ。これが初監督作品らしい。ぼくと同い年の人たちががんばっているんだと思うと俄然応援したくなるし、ぼくもがんばらなくちゃと思う。そういう気にさせてくれる作品は人生でそう何度も出会える訳ではないと思う。おすすめです。
投稿者 tsuyoshi : 01:33 | トラックバック
2006年10月23日
映画「フラガール」
たぶん、事前にこの映画を知っていたとしても、自ら「フラガール」を見に行こうとまでは思わなかったと思う。
昨日代官山で友人と一緒にある人と会い、その帰りに渋谷で友人に「フラガール」を観ようと誘われ、まあついでだしと渋々ながらも映画館へ行ったのだ。
そして結論から言うと、すごくよかった。
誘われなければ出会う機会のなかったであろう作品は、いままでだって数多くある。そして考えてみれば、そうやって誰かに誘われて出会った作品が時に、ぐっと視野を押し広げてくれることが多い。持つべきは、趣味の微妙に違った友人なのかもしれない。
この映画がベタな作品であることは一目瞭然である。
水戸黄門が最後に印籠を出すのとおなじぐらい、予定調和な映画だと思う。
たまたま映画の上映後に李監督のトークがあったのだけれど、監督も同じようなことを言っていた。そして、「ベタな映画で、分かり切ったストーリーだけれど、それを飽きさせずに最後まで見せるのは、ここは声を大にして言いたいのだけれど、じつは結構大変なんです」とも言っていた。
李監督は、おちついた、冷静にじっくりモノゴトを考えるような印象の方だった。情熱はあくまでも内に秘め、観客からの質問に一つ一つ考え、ゆっくり淡々と話されていた。自分の作品についても、ちょっと距離を置いたような、まるで自分の作品でないかのようなディタッチメントの態度を維持されていた。
そして僕は、あのようなディタッチメントの態度がこの映画を素晴らしい作品にしているのだろうなぁと感じ入ってしまった。
映画に僕は、始まってから終わるまで、その世界にかっさらわれるように、ぐいぐい引き込まれていった。監督が精緻に考え尽くして編集しているからか、どれだけベタな場面であっても、映画の中から追い出され、飽きたり冷静になってしまうようなことがなかった。これはたぶん、すごいことだ。細部まで隙のない、完成度の高い、すばらしいエンターテイメントだった。舞台の上で、何かが乗り移ったように踊る姿がほんとうに良かった。シンプルで力強いメッセージを持った物語だった。
(以下、映画の内容に触れるので追記へ)
…
監督は「いくつものフックを仕掛け、観客の感情をかき乱す」ということが分かり切ったストーリーにおいて飽きさせないために重要だとおっしゃってたけれど、本当に天才的なまでに絶妙なフックだった。その数あるフックの中でも、ある一つの場面が頭から離れない。
それは、フラガールになりたい紀美子が「おれかあちゃんみたいな生き方したくねえ!おれの人生おれのもんだ!」と叫んで、かあちゃんに平手打ちを食らい、泣きながら家を出て行こうとする場面。
シリアスで、感動的で、ぼくも涙がこぼれるぎりぎりになっていた。しかし次の瞬間、勇ましく家を飛び出そうとした紀美子が、ずっと正座していたために足がしびれてしまい、ヨタヨタ、ヨタヨタ、と壁伝いによろめきながら歩くのだ。泣く方向に感情をぎりぎりまで高まらせておいて、急に180度方向転換するのだ。これはずるい。感情がかき乱されることはなはだしい。
「笑い」も「涙」も、処理しきれない感情のオーバーフローだということを、茂木健一郎さんの何かの本で読んだことがある。脳がショートし、処理しきれないエネルギーが溢れ出すと、笑ったり泣いたりするのだという。
大泣きしている声などは、前後の文脈なくそこだけ取り出すと大笑いしているように聞こえることがあるけれど、きっと、「オーバーフロー」という意味では同じ現象の双子のようなものだからなのだろうな。
ともかく、ヨタヨタ、ヨタヨタ、と壁伝いに歩く紀美子の姿が、昨日からずっと脳裏から離れてくれない。まんまと監督の仕掛けたフックに釣り上げられてしまった。
投稿者 tsuyoshi : 14:51 | トラックバック
2006年09月13日
映画「A」、「A2」
一週間ほど前に、ドキュメンタリー映画「A」「A2」を二本立て続けに見た。
それからずっと、あの映画は何だったのか考え続けている。映画の中のいくつかの場面が、ことあるごとに思い出され、混乱したり、葛藤したり、重い気持ちになったりしている。直視することを本能的に避けている闇を、あえて直視するような映画。見終わった後に、世界の見え方がぐにゃっと歪んでしまうぐらいの衝撃的な映像だった。
地下鉄サリン事件後のオウム真理教団の信者たちを追ったドキュメンタリー映画。森達也監督。
監督の持つカメラは、教団の内部も外部も自由に行き来していた。教団も、教団と衝突する組織も殻を閉ざすようにかたくなになっていたが、カメラだけは境界などないかのようだった。
このような視点は、マスメディアの報道では見たことがなかった。外側から教団をあるレッテルを張って報道するものしか見たことがなかった。
マスメディアという「組織」と、フリーランスの「個人」の立場でカメラを回す森達也監督の視点の違いが如実に現れていた。
「個」であれば、組織と組織とが衝突し憎しみ合うような状況でも、その境界をすり抜けて、両者の間を行き来し、組織の内部の「個」にアクセスできるということ。これは本当に大切なことだと思った。
このドキュメンタリー映画は、「教団」と「マスメディア」、「教団」と「警察」、「教団」と「地域住民」など、ある組織と、別のある組織とがぶつかる場面があまりに多くて、その憎しみ合いの泥仕合を見ていて、本当に重たい気持ちになった。
そして、憎まれ、怖がられ、排除されようとしている組織を、視点を変えて排除される側から見たら、世界はこんなに恐ろしく見えるのかと思った。
また、組織の内部にいるときに、個は思考停止してしまうということもありありと描かれていた。
内部にいる人間は「自分は個としてまっとうに判断している」と思っているけれど、外部からみると、組織のアイデンティティーに同化し、硬直してしまっているように見えるのだ。とても窮屈な入れ物に自分を押し込んで、そこで安心して蓋をしているように見えるのだ。そして、「個」としての判断は停止し、組織に盲目に従ってしまう。その「盲目に従う」という行為の結果が、害のないものであればいいが、罪の意識が希薄なだけに、ときおりひどい結果を生んでしまう。
それは、教団内部にいる人たちだけのことではない。テレビ局、警察、町内会という組織にも同じように感じたから衝撃的だったのだ。相対的な視点を持つことの大切さを、カメラの立ち位置から痛いほど感じた。「個」と「組織」ということを強く考えさせられた。そして、自分の立ち位置を自覚することの大切さを改めて感じた。
「個」は何らかの「組織」(具体的には国家、会社、学校、教団、地域、家族など)に属することなしには立ち行かないが、その属する組織は、社会での立ち位置を得る場ではあっても、決して絶対視してはいけないのだと思った。組織に幽閉されることなく、つねに開かれている部分を確保しておかないと、知らずに他者を激しく傷つけるようになってしまう。
組織には、片足だけ入れておくぐらいがちょうどいいのだろう。そういう「個」と「組織」とのちょうどいい距離、ちょうどいい間合いは、何度も失敗し反省しながら見つけていくしかないのだろう。そしてそのちょうどいい距離を見つけることが、自立すること、大人になるということ、あるいは社会人になるということなのかもしれないと思った。
…
映画は、泥仕合の重たい気持ちにさせられる場面がとても多かったが、その中で唯一、「A2」にあった地域住人と信者とが仲良くなっている場面には救われた。あれは本当に美しい場面だった。
はじめは教団施設をその地域から排除しようと躍起になり、有志で監視テントまで建てて見張っていたおじさんおばさん達だが、言葉を交わしているうちに段々仲良くなり、最後には、ある信者がその施設を離れるときに別れを惜しみ、涙ぐんでいるのだ。
排除しようとしていた人たちが、別れを惜しんで涙ぐむという光景は、ものすごい矛盾なのだが、感動的な光景だった。個が組織同士の境界をすりぬけて交流した、ということなのだろう。
それをよく表していたのが、お互い名前で呼んでいたことだ。「オウム」と呼んでいない。「地域住民の方」と呼んでいない。ただ「○○さん」と呼んでいた。
組織としての嫌悪感を越え、個人として、その人柄が見えるところまで近づければ、あとは個人と個人の相性の問題になる。組織としての嫌悪感はそのままでも、個人としては受け入れられる、場合によっては友情すら抱けるということは、一つの希望だった。嫌悪を越えて個人の顔が見えるところまで近づいていったその地域住民の方々の行為は、一番勇気がいることだ。
排除することで安心を得るのではなく、組織を越え、個人にまで近づくことで危険性を無化するという解決は、両方の側に越えようとする意志がないと無理なのだろう。どちらかがかたくなになってしまうと、境界の壁は厚くなるばかりで、顔が見えないまま憎しみ合うことになってしまう。
…
組織が「悪」を自分たちの「外」に排除してしまおうとすると、衝突と憎しみがうまれるばかりだが、個人においても「悪」を内面から排除しようとすると、どこか歪んでいくと思った。
映画では、信者たちの修業の様子もたくさん映されていた。それは痛々しいほど純粋に、個が抱える煩悩を排除しようとしているように僕には見えた。現世が抱える矛盾、欺瞞、混乱、葛藤、汚れなどを自分から切り離そうとして苦しんでいるように見えた。
そしてそういう行為は、僕自身にも憶えがあるから、よけいにリアルに痛々しく見え、目を逸らしたくなるほどだった。
この映画を見てから、すぐに思い出されたのは村上春樹さんの『約束された場所で』だった。信者、元信者へのインタビューと河合隼雄さんとの対談で構成された本なのだが、その対談の中で河合さんは「自分の悪というものを自分の責任においてどんだけ生きているかという自覚が必要なんです」と言っていた。「悪を自分の中で抱えていないと駄目」とも言っていた。
悪を排除し純粋になろうとすると、どうしても外に悪を作らなくてはならなくなる。組織でも、個人でも、悪を排除するという考えは、外側に悪を作るということと同義なのだろう。そして純粋にストイックに内部から悪を排除しようとすればするほど、外の悪は巨大になり、その非対称に耐えられなくなり、テロ行為などの攻撃を起こさないではいられなくなってしまう。
「自分の悪を生きる」ということ、「悪を抱えて生きる」ということ。これは矛盾を抱えたまま、葛藤し続けるということで、はっきり言って大変だ。
でも悪は、光の照射によってできる影みたいなもので、角度を変えれば悪も変わる。もともと一つのものを、光の照射角を固定し、影の部分を「悪」と名付けて切り取っても、それは自分自身を激しく損なうだけだし、取り返しがつかなくなる。
きっと、悪と善とのあいだには、明確な境界などないのだ。それは線のようにはっきりとしたものではなくて、夜から朝にかけて徐々に空が明るくなっていくように、きっとグラデーションのようなものなのだ。そしてそのグラデーションも固定されてはいないのだ。夏から秋へ、徐々に日照時間が短くなっていくように。
夜の真っ暗な闇の深さを、見ないよう、見ないようと目を逸らし逃げていても、いつかは追いつかれる。そしてそうやって追いつかれると、受ける傷は致命的なまでに深くなってしまう。
だから、ときにこのような闇を直視する作品に接することが必要なのかもしれない。闇を抱えていることを自覚するために、あるいは矛盾や葛藤を投げ出さないために。
毎回このような重たい作品ばかりだとキツすぎるが、少なくとも今の僕にとっては必要だ。レンタルビデオ屋で借りる時は本当に気が進まなかったのだが、心の奥底で「絶対見ろ」と強く言っていたから、意を決して借りたのだ。そして、見てほんとうによかったと思っている。昼の光だけでは世界のバランスはとれないのだ。自分自身のバランスも悪くなるのだ。
心に傷を受けるような作品だが、傷は時間とともに癒されていくし、癒された後は、もしかしたらもう少しだけ世界は豊かになり、もう少しだけ人に対して優しくなれるかもしれない。だから、本当の「癒し」は、心に傷を受けるような作品の中にこそあるのだろう。
投稿者 tsuyoshi : 21:33 | トラックバック
2006年06月23日
映画「プージェー」
先週の日曜日にポレポレ東中野という映画館へ行き、関野吉晴さんらがモンゴルで撮った「プージェー」というドキュメンタリー映画を観た。プージェーとは遊牧民の少女の名前。
映画が始まる前に、関野さんの舞台挨拶があった。
グレートジャーニーという旅のスタイルや、少女と出会ういきさつなどを話されていたのだが、話の最後に関野さんは「この映画は普通の終わり方をしません」と言ってから、「パンフレットに”少女は草原を駆け抜けた”とあるように、プージェーはもうこの世にはいません」と言った。映画が始まる前に、結末を先に言ってしまったのだ。たぶん会場にいただれもが、すこし驚いたと思う。
映画を見終わってから、関野さんが結末を最初に言ったことに共感できた。
結果が重要な映画であれば、それは「ネタバレ」以外のなにものでもなく、映画の楽しみを半減させてしまうものだろう。でもこの映画は、結末がわかっても何一つ損なわれたりしていなかった。それどころか、映画全編に渡る、プージェーの生に対する愛おしさがあった。確かに最後に驚きはないけれど、関野さんはそんな驚きなどを見せたいのではないのだろうなと思った。彼女の生の逞しさ、凛々しさや誇り高さなどが、やがて死んでしまうという前提でみると、より一層伝わってきた。しかし考えてみれば、「やがて死んでしまうという前提」は、何も彼女に限ったことではない。自分を含めた、生あるものすべての前提条件だ。
関野さんがあえて結末を先に言ったのは、きっとプージェーの生死をセンセーショナルで表層的な次元で捉えて欲しくなかったからだろう。映画を見ていると、どんどんプージェーの逞しさ、強さに引き込まれ、馬にまたがる姿などは美しいとすら感じた。関野さんがプージェーに強く魅了されたから、何度も訪れ撮り続けたのだということが強く伝わってきた。だから関野さんは、彼女の死という結果ではなく、映画の細部を、彼女の生の細部を、表情や仕草や言葉のニュアンスを見て欲しいとおもったから、あえて、舞台挨拶で結末を言ったのだろう。それは、ネタバレなどという次元の話ではなく、関野さんのプージェーに対する思い入れの強さの現れなのだろうと思った。
投稿者 tsuyoshi : 01:57 | コメント (2) | トラックバック
2006年06月08日
映画「サイダーハウス・ルール」
いつか観たいとおもっていた映画、「サイダーハウス・ルール」をようやく観た。
原作はジョン・アーヴィングの同名の小説、監督はラッセ・ハルストレム。
秋の朝の空気のようなすがすがしさがあった。重たい情況が背景にあるのに、あるいはだからこそ、不思議に暖かいユーモアがあった。
静かで、力強く、なにか深いところから世界を肯定し、生きていくことを肯定するような力があった。
ふつふつと、観てよかったと思える映画だった。
こういういい作品を観ると、同じ監督の別の作品も、同じ原作者の他の小説もと広がっていき、いきなり観たい映画、読みたい本が増え、ちょっとパニックになります。もちろん、もっとも幸福な種類のパニックです。ひとつひとつ、大切に観たり読んだりしていきたいです。
