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帰る旅


  自転車を漕いでいた。ケープタウンまであと二十キロ、日が傾き、前方の空が次第に赤みを増している。汗をかきながら、暗くなる前に宿に辿り着けるだろうか と、少し焦り始めていた。走っている道はケープタウンの中心へ向かう国道二号線、交通量は多い。

 前方に、身なりの貧しそうな黒人が二人立っていた。僕が近づくにつれ、ゆっくりと進行方向に出てきた。二人の横に差し掛かったとき、突然一人の男が自転 車のハンドルに掴み掛かってきた。転倒しそうになり、急ブレーキをかけた。もう一人の男は後ろにくくりつけてある荷物を掴んでいた。

 強盗だった。

 ハンドルを掴んでいた男がフロントバッグを奪おうとする。とっさにその男の両手首を掴み、叫びながら抵抗する。大声で叫び、男の手をバックから引き剥が す。男と揉み合いになり、掴んだ手が汗で滑る。男は掴まれた手を振り解き、フロントバッグに付いていた地図入れを剥がし取り、数歩退く。そして、二人は周 囲を見てから地図入れを落とし、道に沿うようにあるスラム街の中へ逃げていった。見回すと、車が三台停まっており、中から僕を助けるために数人が駆け寄っ てきてくれていた。落ちていた地図入れを拾う。

 息が切れていた。喉が痛かった。興奮していた。助けてくれた人が危険だからとピックアップトラックでケープタウンの安宿まで連れていってくれた。
 宿に辿り着き、ベッドに腰掛けた。興奮が次第に収まってくるにつれ体が震えてきた。男の手首を掴んだ感触がまだ生々しく残っている。自分の叫んだ声がま だ耳に響いている。もし、男が素手ではなくナイフを持っていたなら、銃を持っていたなら…。みぞおち辺りが締め付けられるような恐怖と怒りだった。ナイフ で背中を刺される場面を想像し、銃口が脇腹に押し付けられる場面を想像し、震え上がった。

 こんなはずではなかった。
 あれだけ憧れ願った旅は、楽しく、心躍るものであるはずだった。しかし、旅の現実は醒めない悪夢に似ていた。逃げ場所のない孤立感だった。こんな悪夢を これから二年間も見続けるのか…。

 ベッドに腰掛け、震える体を押さえながら、こんなはずではなかったとまた思う。そして、帰りたいと思い、すぐにそれはできないと思い直す。帰ろうと思え ば簡単に帰れた。日本行きの飛行機のチケットを持っていた。南アフリカ共和国にはそうでないと入国できないので、日本から往復のチケットで来ていたのだ。 帰りのチケットに記されている日時はあと三週間後だった。
 バッグに入っているチケットを取り出し、それを眺めながらベッドに横になる。天井を見上げ、帰りたいとまた思いながら、出発の日のことを思い出してい た。もうずっと前のことのように思えるが、数えてみるとまだ十一日間しか経っていない。そのことが本当に信じられない。あの小雨の日を境に、世界は一変し てしまっていた。

  旅立ちの日は小雨が降っていた。
  チェックインを済ませ、空港まで見送りにきてくれた友人数人と両親、弟と握手をして別れ、出国のスタンプをもらい、飛行機に乗り込んだ。飛び立ってしまっ た飛行機の中で、僕は何か取り返しのつかない、大きな間違えを犯したのだと思った。喜望峰から日本まで自転車で走るのだと思い詰め、思い詰めるままに日本 を出てしまったのだけれど、一人になり、飛行機が飛び立ってしまい、もう後戻りが許されない状態になって初めて、自分がこれからやろうとしていることの大 きさと、身のほど知らずの空想だけで出てきてしまったことに思い至り、愕然としたがもう遅かった。飛行機は凄まじいスピードで僕を運んでいた。一人暮らし をしながら、夜一人でいるのとはわけが違った。空想の中で旅を思い描いているのとはわけが違った。孤立感が直接的で、具体的で、圧倒された。数時間前に空 港で別れてきた人たちにもう会えないのかもしれないと思ったら、旅に出てしまったことは間違いだったのではないかとさえ思えた。しかし、もう遅かった。

 ケープタウンから二日走り、喜望峰に立つ。ここから日本まで自転車を漕ぐのだと思っても、自分のこととは思えない。日本まで数万キロの距離があるのだ が、そんなことを想像すると重圧に潰されそうになるので、努めて考えないようにして記念撮影をした。

  喜望峰から三日走り、アフリカ大陸最南端のアガラス岬に辿り着いた。アガラス岬にはここが最南端だと示すモニュメントと、閑散とした村があるのみだった。

 真夜中にキャンプ場を抜け出し、自転車で岬のモニュメントがある所まで行った。灯台の光が夜空を回っていた。波が規則的に打ち寄せていた。波打ち際に行 き、顔を洗った。

 大丈夫、なんとかなる。そう言い聞かせていた。灯台の規則的な光が暗い夜の海の先に消えている。波が打ち寄せ、岩に当たる音が心地よい。何度も顔を洗 い、そのつめたさを感じ、ここから帰るのだと言い聞かせていた。もうここより南へは行けない。もう往路は終わった。これからは日本へ向けての復路だ。ここ から日本まで、自転車で帰るのだ。そう言い聞かせれば旅を続けられる気がした。

 長い間チケットを見つめていた。そして、アガラス岬の暗い海を思い出しながら、帰りたいのならしっかり自転車を漕いで前へ進めばいいのだと、再び強く言 い聞かせていた。自転車は飛行機よりずいぶん遅いけれど、帰っていることに変わりはない。
  次の日、日本の両親へ電話を掛けた。強盗のことは話さなかった。元気だと手短に告げてすぐに切った。そして、はっきりと、底を蹴るように気持ちが切り替 わった。飛行機に乗るわけにはいかない。こんなことで辞めるぐらいなら初めから旅になど出ていない。自転車で、日本まで漕がなければ旅は終わらない。早く 北へ向かおう。早く出発しよう。航空券が無効になるまであと三週間、できるだけケープタウンから遠ざかろう。
 翌日ケープタウンを離れ、一路北を目指して走り始めた。ひどく前進したかった。

  ケープタウンを離れ北上する。
  強盗に遭遇してしまった影響で、道端に人が立っていたら強盗かもしれないと、そのつど身構えてしまう。そしてくたくたになってしまう。心を閉じ前へ進むこ とだけを考えていた。陽射しがとても強く、露出していた肌が見る間に日に焼け、赤くなり、水脹れができ、それが割れて皮がむけた。旅を楽しむとか、異文化 に触れるなどは二の次だった。とにかく、前へ進むことだった。少しでも日本に近づきたかった。数万キロ離れた地で、一日百キロ前後走り、日没が迫ってくる と、あと十キロ、あと五キロ余分に前進したいと心をすり減らし、毎日地図を食い入るように見つめ、その遅々たる歩みにまた焦っていた。

  ケープタウンを出て十日目にナミビアに入国する。起伏がなくなり、見渡す限り地平線となる。日が経つにつれ、僕は一日中体を酷使して前進するだけで、何か とても意義深い思いになれた。強い陽射しに汗がとめどなく流れ、同時に、滞っていた気持ちも流れていった。強盗に遭ってしまったことで硬直した心は、体を 動かすことによりゆっくりほぐされていった。日本まで自転車を漕げばいいと設定した目標に疑う余地はなく、その完成にささやかながらも日々貢献しているこ とに喜びを感じ、自転車でゆっくり線を引いていることが誇らしかった。

  太陽は正確に西から昇り、東に沈んでいた。
  出発して二カ月ほど経った頃だった。ナミビア北部のオカバンゴ川に面したキャンプ場でその日は休憩日とし、一日中うつらうつらしながら空を眺めていた。気 持ちよく空は晴れていた。帰りのチケットはとうに無効になっていた。芝生の上に横になり流れる雲の動きを目で追っているうちに、ああ、旅の空の下にいるん だな、と思った。日本で狂おしいほど憧れ願った「旅の空の下」に、今、いるのだと思ったら嬉しさが込み上げてきた。

 夕方になり、テントの中でロウソクを灯しガイドブックを読んでいるうちに、わくわくして眠れなくなってしまった。ジンバブエのページを何度も読み、行き たい所ばかりで楽しみになってきた。どこまでも行ってやろう。なんでも見てやろう。深く、深く、アフリカへ――。

  目を閉じ横になっても一向に眠気は訪れない。これから先、旅がどのように続き、自分がどのようになっていくのかは計り知れないが、今、この旅の空の下にい ることの心地よさを感じ、確かにこれが自分の望んでいたことなのだと感じ、日本のことを少しだけ想った。心がゆっくりと解放されていくのを感じた。旅に出 てよかったな、と思った。

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