1− 2月光の虹
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雨季空けのビクトリア滝は、その水量の凄まじさゆえに飛沫が高く舞い、満月の夜にはその飛沫が月光を反射し、虹が架かるのだという。真夜中の、月光の、虹 である。 魅力的な響きだった。想像しようと思ってもできなかった。この目で見てみたいと思った。だから急いでいた。夜ごとに月の満ち欠けを気にし、急げば間に合う かもしれないと思った。連日、月に追われるように先を急いだ。上弦の月は次第にふくらみを増し、満月が近づいていた。ナミビアをぬけ、ボツワナに入国す る。ボツワナをぬけ、ザンビアに入国する。そしてとうとう、ザンビア側のビクトリア滝に一番近い町、リビングストンに着いた。キャンプ場を探し、テントを 張る。 暗くなった。 夕食を済ませしばらくすると東の空から月が昇ってきた。天に丸い穴があいているかのような完璧な満月だった。月の光は影ができるほどに強かった。わくわく してくる。これは本当に見れるかもしれない。月光の虹が見れるかもしれない。 キャンプ場から滝までは七キロほど離れていた。ヘッドランプを点けて走る。守衛さんのゾウが出るから気をつけろという言葉を思い出しながらも心ここにあら ず。全速力で公園の入り口まで走る。入り口で入園料を払い滝へ向かう。そして、ついに見えてきたのだった。 前方の木々の間から、青白い霧のようなものが現れた。それが虹だと分かるのに少し時間がかかった。滝に近寄り、手すりに身を乗り出してその霧を見つめる と、確かに虹だった。青白い、月光の虹だった。ため息が出るほど美しい。言葉が出てこない。 ふと気づくと、僕は轟音に包まれていた。腹の底まで響く重低音だった。そして前方には滝があった。滝もまた月光に青白く浮かび上がっていた。どこまで落ち ていくのか、覗き込んでも暗闇があるばかりだった。途方もない量の水が落下し、その暗闇の中で砕け散り、混ざり合い、舞い上がっている様が想像させられ た。 滝と虹の圧倒的な光景が眼前にあった。しかしありえない光景のようだった。そしてすこし怖いと思った。その場に座り込み、ただただ見とれ、あまりにも美し い光景を前にしてすこし怖いと感じていた。 轟音に包まれているはずなのに不思議な静けさがあった。滝と虹の光景が静止画のように見えた。非現実的な光景を前にして、時間の感覚も遠のいていく。 僕は、まだ誰からもこの光景が発見されていない時代のことを想っていた。それでもこの滝は、満月の夜ごとに虹を架けてきたのだろう。誰にも見られず、誰 に見せるわけでもなく、ただ自然の摂理に従い、満月の夜ごとにあの青白い虹を架け続けてきたのだろう。いったい、今に至るまで何度その飛沫に月光を反射さ せてきたのだろうか? 太古から続いている時の営みと、僕が居合わせている今という瞬間を想いながら、目の前にある月光の虹に見とれ続けていた。 しばらくしてからその場をあとにした。キャンプ場に戻ってからもまだ、耳の奥に滝の轟音が響いていた。 |
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