1− 3盗難とニコちゃん
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ジンバブエの首都ハラレの駅ホームにいた。もう外は暗くなっていた。僕はこれから夜行列車に乗り、チマニマニ国立公園のトレッキングとグレート・ジンバ ブエ遺跡を回る小旅行を試みるところだった。一週間だけ自転車から離れてバックパッカーになるつもりだった。自転車や必要のない荷物は、ハラレの日本人の たまり宿に置いておいた。 ホームで僕は緊張していた。初めて自転車から離れて旅をするからといえども、このときの僕は異常なほどそわそわしていた。あの落ち着かない感じが何を予感 していたのか、しかしそのときの僕には分からなかった。 ホームに定刻通り八時三十分に列車が入ってきた。僕は二等寝台を予約していた。列車が止まり番号を確認して乗り込む。コンパートメントの中は暗く、電気が 点かない。バックパックとショルダーバッグを席の上へ置いてほっとした。しばらくすると男が一人入ってきた。同室者だと思った。どこから来たのか、電気は 点かないのかなどと聞いてくる。それからもう二、三人男が入ってきた。彼らの荷物が二つ、三つと運び込まれ、暗いコンパートメントの中はごちゃごちゃに なった。そして気づくと初めの男が出ていった。ふと不安に思い、すぐに自分の荷物を調べた。バックパックはある。しかし、ショルダーバッグがない。 盗られたか? でもこのとき「まさか」という思いを一瞬抱いた。そして席の下や他の荷物の後ろなどを探す。三十秒ほど。暗くてよく分からない。しかし、ない。そして初め て「盗られた」と思った。急いでバックパックをかついで列車を飛び出しホームに降りる。見回したが男の姿はどこにもない。 冗談じゃない、冗談じゃないぞ。 バッグの中に入っていた物を思い出して青ざめた。一眼レフカメラ、トラベラーズチェック全額、ウォークマン、財布、度入りサングラス… あれが全部盗られただと? 冗談じゃないぞ。 全力で駅の入り口まで走る。でも男はいない。遅すぎた。近くの鉄道警察へすぐに盗られたことを告げた。警官は「Shit」とつぶやきトランシーバーで他の 警察へ連絡を入れた。怪しい者がいたら捕まえろと言っているようだった。 茫然自失、鉄道警察の詰め所にいた。警察にどんなバッグだったのか、何色か、中に何が入っていたのか、聞かれるままに答えていた。 三人の男が詰め所の脇に、後ろ手に手錠をかけられ座らされていた。僕とは別の盗難未遂で捕まったらしかった。僕が警察のいろいろな質問に答えているあい だ、別の警官がその男たちを立たせ、警棒で思いきり叩き、殴り、男たちがうずくまると、背中や足を蹴っていた。鈍い音が部屋中に響いていた。 寒々しい光景だった。見るからに貧しそうな男たちだった。貧しさから盗みを犯したことは明らかだった。男たちは叩かれるたびに低い声を上げ、諦めたかの ようにふてくされ、されるがままだった。僕はほとんど無感情で見ていた。かわいそうだとかやり過ぎだとかいう感情が浮かばなかった。もしかしたら警官は、 盗った仲間の名前を言えと殴っていたのかもしれない。あるいは僕を慰めるために殴っていたのかもしれない。 しかし僕は眺めるばかりだった。思考がそこまで働かなかった。万が一にもどこからか盗られたバッグが出てきはしまいかと、祈るような気持ちだった。しか し、出てくるわけがない。盗られた物が出てくるなどということはありえない話だ。そのうち警官は男たちを立たせて、もう一度殴りつけてからどこかへ連れて いった。小旅行は中止せざるをえない。 列車はまだ出ていなかった。最後にもう一度だけコンパートメントの中を探した。もちろんない。それでも未練がましく部屋の中の人に尋ねているうちに、急に ガタンと音がして前触れなく列車が動き出した。慌ててコンパートメントから出て、ゆっくりと動き出した列車から飛び降りた。列車は徐々に加速し、僕が行く はずだった方角へ消えていった。 力なくタクシーを拾い宿へ帰る。「盗られた」と言って二、三時間前に見送ってくれた人たちの前に姿を現す。とにかくトラベラーズチェックを全額盗られたの で、アメックスへ電話をする。四千二百六十ドル、約五十万円分… 番号を告げてその番号を止めてもらう。そのときできることはそれだけだった。明日から忙しくなりそうだ。警察へ行き、ポリスレポートを作成し、トラベラー ズチェックの再発行の手続きをして、保険の手続きもしなくてはならない。 「私、英語の通訳のアルバイトとかやってたから、もしあれだったら付き合ってあげるよ」 同じ宿に泊っていたニコちゃんが言ってくれた。嬉しかった。ありがたかった。 ニコちゃんと話したのはこの時が初めてだった。 次の日からニコちゃんは警察やアメックスのオフィスに付き合ってくれた。あるときはたたみかけるように、またあるときは丁寧に交渉してくれ、手続きは順調 に進んでいった。 「ほら、盗難に遭ったときって心細くなるじゃない? 一人でこういう事務手続きするのって」 そして数日後、約五十万円分のトラベラーズチェックは無事全額再発行された。 バッグを盗られたことが縁になった。それから彼女と多くを話すようになった。 話を聞いて驚いた。彼女はもう五年も旅をしていた。大学卒業と同時に日本を出て、三年間かけて中米、南米、アフリカ、中東、アジアを旅し、世界一周をして 日本に帰ってきたが、たった一カ月ストップオーバーしただけでイタリアの友達の家に行き、今はそこをベースに働いては旅に出るという生活を繰り返している らしい。 「大学にいたときは休みごとに旅に出ていたわ。でもきりがないと思って、卒業と同時に世界一周しようと思って日本を出たの。日本を出た時は四千ドルぐらい 持ってた。先進国は大体回っていたから、今度は途上国中心に世界一周しようと思って、中米、南米を一年半かけて旅したわ。でもそれでお金がほとんどなく なって、それからは旅先で働きながら旅を続けたの」 世界地図を広げて、いろいろな話をしてくれた。彼女は主にヒッチハイクで旅をしていた。中央アフリカのチャドで一週間ひたすら道端で待ち続けて、やっと軍 のトラックをヒッチしたとか、ザイールで車が来ないからジャングルを歩いて越えたとか。 「夜中になっても村が見えてこなくて、ロウソクを点けて歩いたんだけど、風で消えるのよね。でも手でかばうと手が焦げちゃうの。そのうち雨が降り始めて、 道端は崖になっていて反対側はジャングルで怖かったわ。そんな所を十日間ぐらいかけて三百キロぐらい歩いたらやっと抜けたわ」 「中国も一周してね、もう次は日本しかなくて、でも日本には帰国したくなかったの。だから中国をもう一周したの。それからやっと線を繋げるために日本に帰 国したけどすぐに出てきたの」 宿には常に日本人が五〜十人ぐらいはいた。ほとんどみんな長期旅行者だった。ある人は九カ月、ある人は一年、またある人は二年半、アジアや南米を旅してき たあと、ジンバブエに来ていた。僕たちはよく晩御飯を日本人の旅行者同士で作り、みんなで食べていた。親子丼を作ったり、カツカレーを作ったり、餃子を 作ったりと楽しんでいた。夜は中庭のテーブルを囲んで真夜中まで話していた。けれどニコちゃんは決してその輪に加わろうとしなかった。一人で夕食を作り、 居間で一人テレビを見ながら食べていた。なぜか宿で彼女は孤立していた。 ニコちゃんはガイドブックというものを持たないで旅をしていた。そしてハラレに着いてから体調を崩したらしかった。日本大使館へ行き、安い宿を聞いたらこ の宿を教えられたのだという。普段なら絶対に日本人のたまり宿には泊らないと言っていた。 「南米で一度だけ日本人のたまり宿に泊ったことがあったの。そこには三十人ぐらいの日本人がいて、男ばっかりだったわ。それでドラッグやるか女を買いに行 くかで何カ月も泊っているのよ。最低だと思った」 街をニコちゃんともう一人の日本人の女性と三人で歩いているときだった。二人がこんな会話をしていた。 「…でも物は盗られても仕方がないけど、体は盗まれないようにしないとね」 「そうよねー」 「私、そういうことになったら死ぬわ。死ぬほど抵抗して、だめだったら死ぬつもり。そういう覚悟で日本を出てきたの。ヒッチハイクで女の子一人だと、あ りうるじゃない? でも五年間旅してきてまだ生きてるから、幸いそういうことにはなってないわ」 僕は、彼女が一人で道端に立ちヒッチをしている光景が容易に想像できた。道端で親指を立てて車に合図を送っている姿や、停まった車に駆け寄り、笑顔で話し かけ、荷台にバックパックを投げ込む姿がありありと想像できた。颯爽と世界を旅している姿がとても似合っていた。決して体が丈夫ではないはずなのに、彼女 はどこまでも自由だった。意志の強い目をしており、はっきりと言葉を発し、惚れ惚れするほどかっこよかった。彼女は語学にも堪能らしかった。英語はもちろ ん、フランス語、スペイン語、イタリア語、中国語も話せるらしかった。それらを駆使し、世界中を風のように旅していた。しかしその風は、潔く、哀しかっ た。言葉の端々から日本で何かがあったに違いないことが想像されたが、詳しくは聞けなかった。彼女の根底には明らかに日本や、日本的なものに対する憎悪が あった。それが彼女をここまで自由に旅させているらしかった。その憎悪があるからこそ、例えば田舎の安宿で病に臥し天井を眺めているときや、道端で車が来 なくて滅入っているときも旅を続けられたのではないだろうか? 根を日本に求めることなく、生はどこまでも僥倖でしかないような風になっていられるのではないだろうか? だとしたらなんという哀しい風だろうか。 僕はこのとき、そこまで考えが及んでいたわけではなかった。もう少し旅を続け、何度も反芻したあとにそのようなことに思い至ったのだった。このときはただ 彼女の自由な生き方に魅了されただけだった。そして僕ももっと自由になりたいと思っただけだった。 「もう日本に帰る気はないわ」 そう彼女は言っていた。 旅は出会いと別れの繰り返しであるということを、宿に泊っている間につくづく思い知らされた。旅人たちはみな旅の途上で、かりそめの出会い、かりそめの縁 だった。数日後にはそれぞれの方向に出発していった。 ニコちゃんも体調を元に戻したみたいで、出発するという。 「私、今三百ドルぐらいしか持ってないの。だからケープタウンまで行ってから何か職を見つけて働くわ。そして飛行機代を貯めたらイタリアにまた戻るつも り。ベネチアの友達の家に住んでるの。だからその家の住所を書くね。でもまた会えるかどうかは分からないわね」 住所を聞いたらそう言ってノートに書いてくれた。もう会えない可能性が強かった。もう会えない別れをどう受け止めていいのか分からなかった。 次の日の夕方、あと一時間後に旅立つというときに、彼女は僕に「髪を切ってあげる」と言い出した。「時間がないからそこの水道ではやく髪を濡らして」そう 言ってどこからか椅子を持ってきて中庭に置いた。髪を濡らして椅子に座ると、ニコちゃんはすぐに髪を切り始めた。手つきが、玄人だった。 「私、大学のときに寮に住んでいたんだけど、みんなの髪を切ってあげていたの。五十人ぐらいの人たちみんな。香港では美容師の仕事もしたことがあるの」 そう言ってばさばさ切っていった。 「こんなのでどう? さっきよりずいぶんマシよ」 すっきりした。とても嬉しかった。 出ていく直前に、僕はその日の昼に街角でニコちゃんにあげようと思い買った小物入れに、手紙を入れて渡した。彼女は少し驚いてから受け取ってくれた。 それからすぐにニコちゃんは出ていった。颯爽と、振り向きもせずに。僕には何か、一本の針のような、痛くて、もどかしいものが心に残った。もし盗難に遭わ なければニコちゃんと出会うこともなかったのだろう。出会わなければこのような想いを抱くこともなかったのだろう。そう思うと、旅の偶然が織り成す不思議 さを想わずにはいられなかった。そして、盗難に遭ってよかったなと思った。失ったのは物だけど、得たのは出会いなのだから。 |
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