1−7手紙
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| ザンジバル島を出てタンザニアを北上し、ある町に着いた。ある日本人の家庭にお世話になることになった。その家に彼女はいた。一泊し二泊するうちに、彼女 と親しくなった。毎晩のように二人で話していた。こんなにゆっくり女の子と話すのはとても久しぶりだった。僕は彼女に好意を抱いた。そして彼女も僕に好意 を抱いてくれた。 あるいは、好意というよりはむしろ僕は休みたかったのかもしれない。一人で旅をしていて、常に強盗や盗難の危険に晒され、僕は心をすり減らせていた。たま に都市に滞在したときなどは話し相手がいるが、ほとんどの日々僕は一人だった。一人でいることには慣れているつもりだったが、さみしさは常にあった。 しかし、休めるという以上に心は傾いた。そして当たり前のように別れが目前にあった。いつまでもこの家にお世話になるというわけにはいかない。彼女はそこ で生活をしていて、僕は旅をしている。そして僕には旅を辞める気がない。いったん別れてしまったら次に会うことはほぼ不可能だった。また会おう、手紙を書 くよと言っておきながら、別れてしまったら終わりになると思っていた。せっかく出会えたのに終わりにしてしまうのが悲しかった。旅と恋は両立が不可能なの だとつくづく思い知らされた。彼女の家を離れる日が来るまで、毎日、時間の許す限り、少しでも長く話していた。 別れてから次の町に着き、宿のベッドで一人になり、もう二度と会えないのだと思うと涙が出た。泣き止んだら、終わったのだと思った。ひとときの停泊の時間 が終わり、また旅を続けるのだと思った。そして自分が以前より少し元気になっていることに気づいた。次の日、ケニアの首都ナイロビへ向かった。 彼女と別れる二日前の朝に見た夢は忘れられない。 夢の中で僕は目覚めた。目が覚めたときに「まだ夢の中にいる」と気づいた。見回してみると現実と同じく、僕は自分が寝ている客室のベッドの上にいた。それ は意識だけ目覚めている覚醒夢というものだった。僕は夢の中でベッドから起き上がった。そして飛んでみようと思った。両手を広げてみるといとも簡単に体が 持ち上がった。そのままゆっくりと上昇し、彼女の家の屋根をすり抜けて、しばらくは町の上空を気持ちよく飛んでいた。風も感じたし、とても爽快だった。本 当に空を飛んでいるのとまったく同じか、むしろそれ以上の現実感があった。町の北には現実と同じくキリマンジャロ山も見えた。 そのうちにかなり高い所まで飛んでいってしまったようだ。ふと上のほうに光を感じたので見上げてみると、強烈なまばゆい光があった。僕は光のほうへ、吸 い込まれるように高く高く飛んでいった。光はどんどん大きくなり、僕はどんどん小さくなり、ひざを抱くように丸くなり、光に包まれた。あふれるような光の 塊になった。 光に包まれた瞬間に、今度は本当に目が覚めた。ベッドから身を起こし、やっぱり夢だったのだと知った。でも、光に包まれたときに感じた幸せがあまりにも大 きかったから、しばらくはぼんやりしていた。テーブルも、椅子も、部屋のドアも、目にする物すべてが少し光って見えた。目眩いがしばらく続いていた。 この夢と彼女のこととの関連はよく分からない。ただ言えるのは、彼女と出会い、そして別れなければならないという消耗した心理状態がこの夢を見る引き金に なったということだけだ。いくつかのとても切実な条件が揃わなければ決して見ることのできない種類の夢だった。それほどまでにあの光は強烈だった。メー ターが振り切れ、リミッターが壊れ、すべての機器がショートするような光だった。現実よりも遥かに現実的な経験だった。ただの夢だと片付けられない出来事 だった。あのとき僕は、本当に圧倒的な幸福感に包まれていた。 *** 元気か? 僕は元気にしている。この手紙はナイロビで書いている。まだナイロビにいるんだ。ずっと日本人のたまり宿にいる。もう四十日間になる。きっと**は、僕は もうとっくに西アフリカへ行ってしまったと思っているだろうね。でも、まだナイロビにいるんだ。ここを離れるとヨーロッパまでの半年ぐらいゆっくり滞在で きる場所がないということと、今までの旅の出来事をいくつかの文章にしてたからこんなに長くなった。でもあと三日後に出発する。まずはエチオピアに飛ぶ。 それから西アフリカに飛ぶ。もう飛行機のチケットを取ったよ。 この前ケニヤ山に登ったよ。キリマンジャロよりずいぶん楽に登れたけど、とっても楽しかった。頂上から快晴ならキリマンジャロが見えるらしいけど、僕が 登ったときはあいにく地平線付近に雲があって見えなかった。でも、あの雲の下に君がいるのかなって思っていた。 キリマンジャロに登るのは本当に大変だったよ。五日目は真夜中に出発して、切り立った岩場を高山病でフラフラの頭で登っていたんだ。疲れ果ててしまって、 頭も痛くて、何度も頂上まで辿り着けないかもしれないと思ったけど、登山費用五百ドル以上もかけているということと、「簡単、簡単」なんて**の前で言っ た手前、頂上に辿り着けなかったじゃあかっこ悪すぎて会わせる顔がないと、もう本当に意地になって頂上に立った。まったく見栄の持つ力とはすごいものだ よ。頂上からの景色はすごかったよ。こんなに大きな氷河があるとは思っていなかった。でも正直に言うと、下山すれば**にまた会えるという想いのほうが強 かったし、ちゃんと頂上に立ったよって報告できることのほうが嬉しかった。だから景色を眺めるのもそこそこに下山したんだ。 下山してから、一週間ぐらい一緒にいたよね。その一週間はとても楽しい日々だったよ。下山してすぐに月曜日に出発するって決めたのは、そうあらかじめ決め ておかないと出発したくなくなると思ったから。短い時間だったけど本当にたくさん話したね。二人きりのときは気づいたら何時間も経っていたよね。こうやっ て手紙を書いていると、別れるときに抱きしめた体のひんやりとした感じとか、握手したときの手の感触とかがすごくはっきり思い出されてくるよ。 悲しさはしばらく引きずっていて、何を見ても**を思い出していた。でも時間って悲しいことをどんどん薄めていくものなんだっていうことを今は実感してい る。まだ別れてから一カ月半しか経っていないのに。 ナイロビに長くいて楽しいことも多かったけど、なんだか自分が嫌な奴になったなと感じることも何度かあったよ。以前なら、物乞いを見たら平静ではいられな かったのに、気づいたらうっとうしい奴めと思っていたり、ディスコに行ってきれいな女の人と踊ったり酒を飲んだりした帰りに、タクシーの窓に寄ってくる路 上で生活している子供たちを無視して平気だったり。 こんなこともあった。夕方の町の写真を撮ろうと思って三階のベランダから下を見ているときに、すぐ下で強盗事件が起こったんだ。でもその強盗は逃げ切れな くて通行人に捕まった。ベランダの真下がものすごい人だかりになった。そしてその強盗が通行人からリンチを受けているんだ。通行人に囲まれて、殴られたり 蹴られたり、もうぼこぼこにされてた。僕は部屋にいた人に強盗だ! って伝えて、すごいすごいって、安全地帯からそれこそ高みの見物だったよ。その強盗は見るからに貧しそうな奴で、必死になって逃げていった。骨が何本か折 れた感じだった。通行人が強盗を捕まえるのはすばらしいけれど、なにか通行人みんなの、日頃の不満を解消するかのようなリンチを見るのはとても嫌だった。 でもそれよりも嫌だったのは、見物しながら興奮して喜んでいる自分を見つけてしまったことだった。僕は最低の奴になってしまったと思うときがあるよ。変え ちゃいけないことが、いつのまにか変わってしまっていると思うときがあるよ。 実を言うと、**に会う一カ月ぐらい前から、僕はちょっと無気力になってたんだ。旅することに疲れてしまって、どうでもいい、もうどうなってもいいって、 とにかく暗く長いトンネルの中にいた感じだった。でも、**に出会い、元気になったよ。いつのまにかどうでもいいとは思わなくなってた。 あと三日でナイロビを出る。これからまた一人になる。なんか一人になるってことがすごく久しぶりのような気がするから新鮮で嬉しい。なにかまたやり直すよ うな気分だよ。新しく出発するような。 自分の中で保つものをしっかり保てば大丈夫だと思う。旅を続けられると思う。いつかどこかでまた会えたらいいね。どんなことがあったか報告し合いたいね。 お互いの恋人を紹介し合ったりしてね(?) さようなら。お元気で。 |
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