2−6烈風と太陽 |
サバンナを抜け、とうとう砂漠地帯へ入ったようだ。砂と、岩と、石。所々に草が生え、木が点々と立っている。 風が、凄まじい。北東から止むことなく、暴力的なまでの烈風が吹く。砂が舞い上がり、常に口の中に異物感がある。風によろめき体勢を崩す。全力で風に抗い 前進する。 太陽が強い。絶対的な権力で地上に君臨し、一日中猛威をふるい去ってゆく。一日が太陽に支配されている。そしてすべてが乾燥している。喉が渇く。 ある日々が圧倒的な存在感で思い出されることがある。他の日々からある期間だけ浮かび上がり、細部が鮮明で、ある生々しさと質量を感じる、そんな日々があ る。モーリタニアの首都ヌアクショットからアタールまでの四百五十キロがそんな日々だった。さらに限定するなら、ヌアクショットから二百七十キロ、アク ジュートまでの四日間に凄まじい密度と質量を感じる。 二百七十キロ、まったくの直線だった。そして行く手に起伏がないばかりではなく、見渡す限りすべて、山もなく、丘もなく、のっぺりと平らだった。木や草も ほとんどない。神が手抜きをしたとしか思えないぐらい、見事に何もなかった。完成したばかりの舗装路が、飛行機の滑走路のように真っ直ぐ伸びていた。 そして風だった。遮るものが何もないからだろうか、左前方から常に烈風が吹いていた。その風は、いままでの風に対する認識を一変させるほどの凄まじいもの だった。 実際には何も変わっていないのかもしれない。しかし僕はこの直線を終えたとき、確かに何かが変わったと感じた。誰だってここを走れば変わるとも感じた。烈 風と太陽のこの直線を走り切るには、僕の心の姿勢にある変化を起こさなければならなかった。 朝八時頃出発し、正午過ぎまで走る。それからの二、三時間は、走るとあまりにも水分と体力の消耗が激しく、危険ですらあるので、木陰を探して昼寝をする。 そして日没まで走り、適当な場所を見つけ、夕食を作り、寝る。 一日が、完全に太陽と共にあった。朝起きると日の出だった。目が覚めて、辺りを見回すと、ちょうど太陽が顔を出すところだった。夕方は日没を合図に走るこ とをやめ野宿をした。暗くなると早々に寝ていた。意識して太陽に合わせようと思っていたわけではない。気がついたら、目が覚めるのと日の出がほぼ同時に なっていた。そして、そういう一致を発見するたびに喜びを感じていた。 毎日、自転車を停めて夕日を見送っていた。停めざるを得ない夕日だった。赤茶けた荒野の真ん中に堂々と沈んでいく太陽を、僕は呆然と立ち尽くし見送って いた。一日、その圧倒的なエネルギーを誇示し、執拗に、容赦なく地上を支配していた太陽が沈む様は、王の退室を思わせた。僕は立ち尽くし、風も、疲労も忘 れていた。時刻も立っている場所も喉の渇きも忘れていた。そして、実際には風の音しかないのに、忘我の中で大音響の音楽を聴いていた。地が震え、時間が凍 結し、心を丸裸にさせるような音楽だった。 日が沈むと寝る場所を探した。その頃僕は夜にテントを張らなくなっていた。雨は降るわけがなく、ここまで乾燥してくると蚊もいない。張る意味がないの だ。木陰やブッシュの陰にマットを敷き横になるだけだった。星空が凄く、眠る瞬間まで夜空を見上げていた。あるいは月夜だった。冴え冴えとした月を見上 げ、自分の今いる場所を想いながら眠りに落ちることが好きだった。日中は烈風の中を前進し、夜は地面のわずかな窪みや草木の陰など、風を遮れる所を捜して 横になり、一日中酷使した体を休めた。 砂漠地帯では水は命そのものだった。空腹はある程度我慢できるが、渇きは我慢が不可能で、手持ちの水が残り少なくなることは恐怖そのものだった。水は、あ る場所にはそれこそ無限にあるのだが、ない場所には一滴たりともない。 昼寝をする前は決まって紅茶を一リットルほど作り、粉ミルクと砂糖を溶け切らずに底に残るほど大量に入れて飲んだ。水をそのまま飲むと抑制が効かず一・五 リットルほど一気に飲んでしまう。そしてすぐに汗になり蒸発してしまい、いくら水があっても足りなくなる。水は泣けるほど旨かったが、我慢しなければなら なかった。紅茶にして飲むのが一番効率がよかった。 体が糖分を異常なほど欲していた。紅茶はもはやシロップと言ってもいいほど大量の砂糖を溶かしていたが、それでも糖分は足りなかった。紅茶を飲み干したあ と、砂糖をそのまま大さじで何杯も食べていた。 その二百七十キロはある意味で至福の日々だった。大いなるものに抗いつつも従っていた日々だった。四日間、全力だった。文字どおり朝から晩まで前進した。 前へ進むことしか考えなかった。 向かい風は本当にやりきれなかった。上り坂ならいずれは下り坂になり、今までの苦労が報われるが、向かい風は苦労がまったく報われない。 疲れ果て、風が弱まることを涙ながらに祈っても、まったく無駄だった。ふてくされて、やってられないと昼寝しても、何も変わらなかった。それなのに黙々と 向かい風を受け入れ漕いでいると、気づいたら止んでいた。それに気づいて喜ぶと、以前にも増して強くなったりした。 風は自然の気まぐれだった。自分の意志や願いとは無関係だった。祈っても、願っても、怒っても、まったく無関係に吹いたり止んだりした。 いちいち風にふり動かされる自分に気づき、呆れ、嫌になる。そしてだんだんと学んでいく。向かい風には従うしかないのだと。渋々ながらも、風はもうどうし ようもないのだと認めるほかなかった。自分の意志ではどうすることもできないものがあるのだと、体で学ばなければならなかった。 風が強すぎるときは、自転車を押して歩いた。 一日のうち何時間かはそんなときがあった。上り坂でもないのに、風が強すぎて自転車に乗っていられないのだ。そんな時は諦めて歩いた。烈風の中、地平線 まで続いている道を時速二、三キロの速さで歩いた。見渡す限り何もない、誰もいない、水平な荒野を、必死の形相で歩いていた。歩きながら、これはすごいな と思っていた。向かい風に押し戻されそうになりながら歩いていると、自分が吹けば飛ぶ紙くずのような、あまりにも些細な存在に思えた。あるいは広大な光景 の中の単なる小さな突起物だった。よく目を凝らさないと見分けがつかない、大地の一部分の、ごくわずかな突起物だった。そんな極小の突起物が、よく見ると ちょこまかと動いている。不思議と、歩きながら自分をそのように想うことに救われた。そう思わないととても歩けなかった。自分を石ほどの些細なものに感 じ、自我を消し、ただひたすらになることを覚えないと、あのような単調な道はとても歩けなかった。 あるとき、一時的に、本当に見渡す限り何もなくなった。それまではそれでも遠くに木や茂みがあったのだが、ふと気づくと地平線の彼方まで何もなくなってい た。どこまでも水平だった。どこを見ても地平線しかなかった。あまりにも非現実的な光景だった。僕は黙々と風に向かって自転車を押していた。 自転車のスピードメーターは時速三キロ以下は計測してくれない。だから歩いているときはいつも時速はゼロを示している。向かい風が激しく前を向いていられ ないので、ただただ地面を見て、足元を見て、自分が確かに前へ進んでいるのだと確かめながら歩いていた。しかし、周りの景色は何一つ変化しなかった。 自分は本当に前へ進んでいるのだろうか? 同じ場所をぐるぐる歩かされているのではないだろうか? 確かにこの道を行けば目的の町に辿り着けるのだろうか? そんな疑惑がにじみ出てきてしまうほど、余りにも抽象的で非現実的な光景だった。 太陽は、常に痛いほど強烈に照りつけていた。僕は喉の渇きに耐えつつ歩きながら、水を好きなだけ飲めたらどれだけ幸せだろうかと思っていた。命は、皮膚 の内側の水分だと思われた。また僕は、風に抗いつつ歩きながら、太陽の光が自我をどろどろに溶かすことを想像していた。自分の個なるものが光に溶かされ、 大地に溶け込んでゆく様を想像していた。 光で思い出すのはタンザニアで見た夢だ。太陽のような光に吸い込まれ、ひざを抱くように丸くなり、光の塊に溶け込んだあの夢だ。歩きながら僕は、あのとき 感じた圧倒的な幸福感を思い出していた。あれは、自分が完全に太陽のようなおおきな光に溶け込む体験だった。個が溶け自分を越えるものに一体化してしまう 体験だった。あのときは、何かの拍子にそれを垣間見ることができたのだろう。大いなるものに溶け込むという幸福を思い出し、そして、歩きながら感じる心の 姿勢を思った。 確かに、風の中を歩いているときにはある種の幸福感があった。自分があまりにも些細な存在だと感じることには、ある種の快感が伴っていた。しかし、それは 自我が意識されないときに限られていた。常にどこかで「満ち足りない、満ち足りない」と思っている自分にとって、そのような幸福感は刹那でしか現れなかっ た。 アクジュートに辿り着いたときには、水はボトルにわずか一口分しか残っていなかった。まずは何も考えずに、缶コーラを一本飲む。それからシャワーを浴び、 レストランへ行き、ご飯と共に缶コーラを二本。宿に戻ってきて缶ジュース二本、缶コーラ一本。合計六本も飲んでいた。なんと幸せかと思った。まだまだ飲め たが、お金がもったいないので水を飲んだ。缶コーラのあとではあれほど旨かった水が味気なかった。 |
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