2−8徒労と自嘲 |
「徒労と自嘲。それ以外になんの感情があろうか」 シャウエンに辿り着き、かろうじてこう日記に書き殴ってから、気絶するように寝た。 モロッコ北部を走っていた。 シャウエンまで厳しい山道が続いていた。それは地図で事前に分かっていたはずだった。しかし、予想よりも遥かに厳しい道だった。僕はどうしてもその日のう ちにシャウエンに着きたかった。なぜならガイドブックには、旧市街が山の斜面に広がり、迷路のように入り組んでいて、その建物がすべて白と青に塗られてい るのだと書いてあり、さらに「女の子好みのロマンチックな町」と書いてあるからだ。さほどの観光地でもなさそうだし、大きな町でもない。いい宿を見つけて 何日間か落ち着けるかもしれない。そして「女の子好み」と書いてあるからには、いるだろう。かわいい日本人の女の子が一人ぐらいいるだろう。はっきり言っ てしまえば、シャウエンへの期待一割、出会いへの期待九割といったところだったのだが…。 それにしても上り坂が延々と続いた。傾斜も厳しかった。すぐに自転車に乗っていることができなくなり、押して歩くことになった。よろめき、ふらふらになり ながら歩いた。なんとか疲れをごまかそうとイヤホンで音楽を繰り返し聴きながら歩いた。音楽を聴くことに集中して、歩いていることを忘れようとした。自動 人形のように体を動かし、頭と体を切り離して、疲れは体だけのものにしようと意識した。体がいくら疲れようとも、それを意識しなければ疲れていないことと 同じだ。勝手に体が自転車を押して、勝手に体が疲れてくるが、そんなこと僕の預り知ることではない。僕は今、音楽を聴いているのだ。そう言い聞かせること で今まで僕は辛い道のりを越えてきた。このときもその作戦でどうにか距離を稼いでいた。これは長い旅の幾度とない経験から得た知恵だった。ある程度までは 極めて有効な作戦だった。 しかし、このときはあえなく突破された。自分のやっていることのばかばかしさに目を逸らし続けるには、上り坂は長すぎた。始めから上り坂が何キロ続くのか 分かっていれば覚悟して対峙できる。それが二十キロ続くなら二十キロの覚悟で対峙できる。しかし僕はこのとき甘く見ていたのだ。そしていつまで経っても峠 は現れなかった。あのカーブを曲がれば峠だろうと期待してやっと曲がると、その先に遥か遠くまで道が続いていた。見上げて、いかにも峠らしい場所だと思え ても、決して期待してはいけないということを僕はすでに学んでいるはずだった。しかし、期待しないということは自我がある以上無理な相談だ。そして何度も 期待が裏切られると、だんだんばかばかしくなってくる。怒りが込み上げてくる。 絶対に期待してはいけないと分かっていながら、今度こそはと思ってしまい、ほとんど涙ぐんで峠だと信じていた所に辿り着き、前方を見る。前方には、遥か彼 方まで上り坂が続いている。やっぱり、とその場にうずくまり、僕は自分のやっていることに「ばかばかしい」という言葉以外の形容を見つけられなくなった。 喜望峰から日本まで? 自転車で? ばかばかしい。 しばらくは行き場のない怒りに震えながら、道端に座り込み、水を飲んでいた。ビスケットをかじっていた。もうその辺にテントを張ってしまおうかとも思った が、やはり今日はどうしてもシャウエンに辿り着きたかった。急いでいるわけではなかったが、シャウエンでは「かわいい女の子」との出会いがあるはずだっ た。こんなにがんばって辿り着いた町には出会いがないはずがない。こんなところにテントを張ってしまえば起こる出会いも起こらない。 こんなに疲れ果ててしまったときに唯一前進する力を与えてくれるのは、そんな他愛もないが切実な妄想だ。それ以外に前進する理由が見つからない。 また歩き出した。休んでいても何も変わらない。どれだけ怒ったところで一ミリも前へは進めない。それが自転車の辛いところだ。しかし、もう頭と体を切り離 すことができなくなっていた。自嘲に次ぐ自嘲で、ばかばかしさを直視するほかなかった。 誰が見ているわけでもない。かわいい女の子が見ているわけでもない。黄色い声援もない。報われもしない。徒労だ。この行為には徒労という言葉しかあてはま らない。この坂を登り切ったところで、賞賛の言葉もなく、ねぎらいの言葉もない。誰にも感謝されない。誰も救わない。何の役にも立たない。ばかばかしいと しか言いようがない。本当に徒労でしかない。この坂を登ったら女の子とお茶でもできるのならば、あるいは登る理由もあるのかもしれない。しかし、そんなわ けがない。シャウエンに辿り着いても出会いなどあるはずがない。あってたまるか、ちくしょうめ! 激しい自嘲に晒されつつ歩き、しきりに脳裏をよぎるのは数日前に見た女性の笑顔だった。ムーレイイドリスまであと数キロの地点で、僕の姿に興味をいだき停 まった車の助手席に彼女はいた。僕はその女性を見たとき、かくも完璧に美しいものがあるのかと呆然としてしまった。すっと現実感が遠のくほどの美しさだっ た。すべての男を夢中にさせるような美しさだった。運転席の男が尋ねてくるので「喜望峰から走ってきた」と伝えた。その内容を男がその女性に伝えたら“信 じられない”という驚いた笑顔になり、次いで“がんばってね”という笑顔になった。心に雪崩が起こるほどの素敵な笑顔だった。 僕はここにいると、誰に宛てるわけでもなく叫んでいた。その絶叫は誰にも聞かれることなく、自身の内側で反響していた。こんなに下らないことを必死でやっ ている自分が哀れだったが、詮ないことだ。今に始まった問答でもない。それは分かっている。どんなにばかばかしかろうが、僕は旅を続ける。しかし、それに しても努力に対しての報いがない。やり切れなさに押しつぶされそうになる。ばかばかしくなり、「徒労」という言葉が重くのしかかってくる。谷底に自転車を 突き放したくなる。崖にぶち当たりながら遥か下方の谷底に落ちていく自転車に、ざまあみろと叫びたくなる。しかし、もちろんそんなことをするはずがない。 憎らしくも健気な自転車に罪はない。第一、もったいなさすぎる。 とうとう怒りに打ち震え、峠に着いた。もう辺りは薄暗くなっていた。自嘲が臨界点だった。峠に立って、普通は喜ぶものである。しかしあまりにも何度も騙さ れた挙げ句に辿り着いた峠に、「喜んでたまるか」という下らない意地が勝り、立ち止まらずに、登ってきた道のりを振り返ることもせずに、さっさと峠をあと にした。急な下り坂が数キロ続いた。せっかく稼いだ高度を急な下り坂で失ってしまうのは悔しかった。ブレーキを掛けなければならず、無駄に位置エネルギー が消費されていく。 おそらくは二十キロ以上上り坂が続いたはずである。しかし数キロ下ると平坦になってしまった。おかしいじゃないか、二十キロ登ったら二十キロ下らないと辻 褄が合わないじゃないかと毒づいているうちに、あろうことかあと七キロでシャウエンに着くという所で、再び上り坂になった。 またか、という落胆が大きく、それが収まったら意地になってきた。野宿適地はいくらでもある。食料も水も十分ある。しかし僕はこうなったら、もうどうなっ てもシャウエンに着いてやる。真っ暗になっても今日はシャウエンまで辿り着いてやると意地になってきた。とうに日は暮れ、真っ暗な山道をあえぎあえぎ自転 車を押して登っていった。 不意に、視界が開けた。シャウエンの町が向かいの山の斜面に浮かび上がった。町の灯火が眼下に広がっていた。真っ黒な山の斜面がそこだけ浮かび上がってい た。そして悔しいが感動してしまった。感動などしてたまるかと思っていたが、感動してしまった。興奮して見とれてしまい、わざわざ三脚を取り出して写真ま で撮ってしまった。 ほどなくして、街中に入る。もう吐き気がするほど疲れていた。宿を捜していると続けざまに、ハシシ? と耳元でささやいてくる男に三人も遭遇した。どこが「女の子好みのロマンチックな町」なのだ。大麻の売人だらけじゃないか。暗くなった町を勝手が分からず さまよい、やっと見つけた宿はどう考えてもかわいい女の子が泊まるようなものではない場末の木賃宿だった。フロントのおじさんがハシシを吸ってとろんとし ていた。 ベッドに突っ伏して、しばらくは何もできない。分かり切っていたことだが、その通りだとがっかりするものである。あれだけがんばって辿り着いたのに、かわ いい女の子はいない。そんなこと分かっている。出会いたければ旅などしないで、こんなところでキコキコ自転車など漕いでないで、大学のそれっぽいサークル にでも入るか合コンでもしていればよかったのだ。僕がやっていることは、波乗りをしに山へ向かうようなもの。喉の渇きを癒しに砂漠へ向かうようなもの。分 かっている。よく分かっている。でも悲しい。 「徒労と自嘲。それ以外になんの感情があろうか」 書き殴って、寝た。 |
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