3−2オーケストラ |
暗くなってからブダペストに辿り着いた。ドナウ川沿いの道に辿り着いたときにはもう真っ暗になっていた。橋がライトアップされ、対岸の街並みが浮かび上 がっている。川を覗き込むと、真っ暗闇の中に、静かに深く大量の水が流れているさまが感じられる。なんて美しい街なのだろう。 翌日からブダペストの街を歩き回った。どっしりと歴史を感じさせる建物が建ち並び、石畳の道路に路面電車が走っていた。歴史が溶け込んだアカデミックな空 気と現代のヨーロッパとが違和感なく同居していて、本当に素敵な街だと思った。そして何より物価が安いのがよかった。今までのヨーロッパの国々では、物価 の高さにいつもどこかそわそわさせられていたのだ。チリチリと下から炙られているようで落ち着かなく、長居ができなかった。しかしこの国はそんなことはな さそうだ。ゆっくりと楽しめそうだ。 ある日、宿で知り合った日本人旅行者と誘い合い、オーケストラを聴きに行った。そしてこのオーケストラを聴いたことで、ブダペストの印象は決定された。 チケットはインフォメーションセンターの人に薦められるままに買った。僕はクラシック音楽を熱心に聴いていたわけではなく、どちらかと言うと苦手だと 思っていた。でもせっかくブダペストに来たのだからと、少し背伸びをする気持ちで聴きに行ったのだ。そして震えるほど感動して帰ってきた。これほどいいも のだとは思っていなかった。 会場であるフランツ・リスト音楽院が実に良かった。さほど広くもなく、豪華で文化の薫り高い、由緒正しい建物だった。一応現在持っている最もましな服を着 ていったが、さすがに正装した紳士淑女たちがひしめく中では気が引けた。チケットは席が空いていれば座れるというもので、あいにくどこも埋まっていたので 立って見ることになった。しかし、指揮者が入ってきて、拍手が止み、最初の音が聞こえた瞬間から、僕は自分が立って聴いていることを忘れた。鳥肌が立ち、 聞き惚れるばかりで、あっという間に二時間が経っていた。 オーケストラは全体で一つの巨大な動物のようだった。巨大な動物が、指揮者に呼応して波打っているかのようだった。音が緊張感で切れそうなほど張り詰め、 それが地滑りを起こすかのように一気に心に崩れ込んできた。ライブで聴くオーケストラがこれほどいいものだとは知らなかった。今鳴った音が、一回限り耳に 届くという快感だった。二度と聴くことのできない、今いる観客のためだけの演奏だった。何一つ聞き逃したくないほどの張り詰めた、すべてを射抜くかのよう な緊張感だった。 全体で一つの動物のようなオーケストラは、しかし一人一人の演奏者に焦点を合わせると実に個性的だった。情熱的に演奏するフルートの女性は、激しい恋をし て敗れたのではないかと思わされた。その横でいかにも楽しそうに演奏するフルートのおじさんは、人生の楽しみ方の秘密を知っているかのようだ。正確無比に 演奏するバイオリンの女性は東洋人のようだ。もしかしたら日本人だろうか。チェロのおじいさんは背後に人生の哀しさを醸し出し、ピッコロを吹く若い女性は 今まさに満開の花が咲いているかのようだった。どの一人に注目しても、それぞれの人生があり、それぞれの生活があり、それぞれの遍歴があることがありあり と見て取れた。しかし焦点をオーケストラ全体に合わせると、あれほど個性的だった一人一人がすべて溶け合い、一つの芸術を創りあげようとしていた。オーケ ストラは個であると同時に全体でもあった。異なるものが並行して同居していた。楽器のオーケストレーションは、同時に個と個のオーケストレーションでもあ り、それぞれの人生のオーケストレーションでもあった。 たった一回の良い音楽を奏でようと、個が個でありながら一つになる姿に、感動してしまった。何度も津波のような興奮が押し寄せてきた。心の奥深くにまで、 不意打ちを受けるかのように直接届いてきた。そして呆然としながら会場を後にし、宿に向かって歩きながら、演奏者たちの真剣な眼差しを思い出していた。本 当のことに対峙している眼差しを思い出し、一切自分を薄めることなく、正真正銘なものに対峙していく態度を思っていた。 このオーケストラの興奮は、ヨーロッパで最も幸せな瞬間だった。何かが深くそのときの自分と呼応したのだと思う。いつのまにか僕の旅は絶好調になってい た。もっと旅を、もっともっと深く旅を、そう願って止まず、旅という僕にとって正真正銘なものに、一切自分を薄めずに対峙したいと願って止まなかった。 |
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