3−5

足を鍛える

 
  イランの道端。単調で退屈な一本道。うす曇りの空。記憶するのが不可能なほど特徴のない朝。出発して八キロの地点。
  ふと反対車線を見ると、カートを押して歩いている人がいた。西へ向かって黙々と歩いている。カートには荷物が満載されている。その荷物の中にはバックパッ クがある。日に焼けているがどうも日本人に見える。もしや…。
  こんにちは!
  自転車を停めて日本語で声を掛けてみた。
  おお、日本人か!
  日本語で返事が返ってきた。

  こうして曾根さんとばったり出会った。彼は徒歩で旅をしていた。どこから歩いてきたんですかと聞くと、台湾からと答えた。
  一瞬思考が停止してしまう。それからゆっくりと驚愕する。声をかけてから三十分ぐらい立ち話をし、その辺に座りませんかと誘い、道端に座って二、三時間話 した。聞きたいことがありすぎた。時間はあっという間に過ぎ、良い旅を! と握手をして別れ、曾根さんはまた黙々と西へ向かって歩いていった。後ろ姿からしばらく目が離せなかった。それから僕は呆然としながら東へ向けてペダルを 漕ぎ出した。


  東へ向けて漕ぎ出すということはつまり、曾根さんが歩いてきた道を逆走するということだった。ここを歩いて来たんだと、自転車を漕ぎながら溜め息が漏れ る。どうしてもその一歩一歩を想像してしまう。徒歩のスピードを想像して気が遠くなる。この単調な道を? あの重たいカートを押して? 想像するだけでその労力の巨大さに圧倒されそうになる。

  テヘランから十六日間連続で歩いているのだと言っていた。一日四十キロぐらい歩くのだと言っていた。僕にはどうやってこの単調な道を二週間以上も歩き続け られるのか想像もつかない。この単調さにどうやって耐えられるのか想像もつかない。押し殺さねばなぬものが多すぎる。

  いや、十六日間などではない。一年七カ月だ。台湾から一年七カ月もの長い期間彼は歩き続けているのだ。台湾から中国に入り、それから陸路で国境を越えられ ないミャンマー以外はすべて歩いてここまで来ているのだ。どうしても「なぜ?」という疑問が湧いてくる。なぜ徒歩なのか、なぜそこまで長期間に渡って徒歩 で旅できるのか、彼の心の内にあるものは何なのか、考え込んでしまう。

  「始めはちょっと隣の町まで歩いてみようと思ったんです。歩いてみたら意外と歩けてしまって、次の町、また次の町と歩いているうちにいつのまにか徒歩で旅 することになっていたんです」なぜ徒歩なのかという質問に、こう曾根さんは答えていた。しかし、短期間だけ歩くならまだしも、一年七カ月もの長期間歩き続 けることが「いつのまにか」できるとはとても思えなかった。その言葉の裏には計り知れないものがあるのだろうなと思った。でなければこの単調な道に耐えら れない。少なくとも僕は耐えられない。


  スピードメーターを見ると、曾根さんと別れてからすでに四十キロ走っていた。曾根さんと交わした会話を反芻していたらいつのまにかそれだけ走っていた。そ してまた溜め息が漏れる。もう彼が歩く一日分を走っているのだ。彼は前日この辺りで野宿したはずなのだ。それを思い、改めて「徒歩」の何たるかを思い知ら された。

  「恥ずかしながら、実は初めての海外旅行なんです」と曾根さんは言っていた。どこまで行くんですかと聞くと「行ける所まで」と言っていた。

  僕は二年、曾根さんは一年七カ月、僕たちはほぼ同じ期間旅をしていた。着ている服の色褪せ具合やバッグの汚れ具合が同じだった。僕がアフリカやヨーロッパ を漕いでいる期間、彼はずっと歩いていたことになる。

 いつでも徒歩の旅は辞められるはずだ。それなのに頑なに歩き続けているということは、やはり彼には徒歩という手段しかないのだろう。徒歩だと彼にとって 「いい旅」ができるのだろう。僕が結局は自転車の旅を辞めないのと同じようなものなのだろう。

  黙々と何かをすることが好きな人なのかもしれない。淡々と繰り返すことに喜びを感じられる人なのかもしれない。その気持ちはよく分かる。僕もある程度まで ならば黙々と同じことを繰り返すことが好きだ。しかし、あくまでも「ある程度まで」だ。そこを越えると想像するだけで苦しくなる。

  僕が徒歩の旅に対して想像することができないと感じる落差は、もしかしたらバスや列車を使って旅する人が自転車旅行者に抱く落差と同じ程度なのかもしれな い。僕も時々、自転車で旅するなんて信じられないと言われることがあるからだ。

 僕にとって自転車で旅することは、体力的には苦しいこともあるが、一番合っていると思っている。旅する手段として結局は好きなのだ。だから長期間続けら れる。
   だとしたら、やっぱり曾根さんは好きで歩いているのだろう。もしかしたら案外楽しいのかもしれない。きっとそうなのだろう。

 テヘランへと続く道を漕ぎながら、ずっと考え続けていた。考えることに没頭し、自転車を漕いでいることを忘れ、ほとんど疲れを感じなかった。天気は今に も雨が降り出しそうな空になっていた。

 その人が受け入れられるスピードの違いなのかもしれない。僕にとってバスや飛行機のスピードは速すぎるが、自転車のスピードは自然に受け入れられるス ピードだ。曾根さんにとっては徒歩のスピードがそれなのだろう。ある人にとってちょうどいいスピードが、別の人にとっては速すぎて、さらに別の人にとって は遅すぎる。そういうスピード感覚の違いなのだろう。

  しかし…そう頭で分かったつもりになるのは簡単だが、あの徒歩の遅さとこの大陸の大きさを思うと、息ができなくなるほど苦しくなり、それを「好きでやる」 ということがうまく分からない。「なんとなく好き」などというレベルではとてもできないことなのだから。表面的には気持ちも揺れるだろうが、根底では憑か れたような、まっすぐな揺るぎなさがなければとても続けられないことなのだから。

 徒歩のスピードを自然に受け入れるには、僕の中で滅却しなければならないものが多すぎるようだ。徒歩は僕にとって遅すぎる。きっと曾根さんにとって自転 車は速すぎるのだろう。

  その日は自転車を漕いでいることを忘れ、曾根さんと交わした言葉を反芻していたら一日が終わった。日没直後に町に辿り着き、それから夕立のような通り雨が 降った。スピードメーターを確認すると百十キロ走っていた。彼の約三日分の距離だった。

  曾根さんの歩いている姿を実際に見ることには、ある種の破壊力があった。徒歩で旅する人がいるということは知識としてはあった。本で読んだことがあった し、旅行者から噂を聞いたこともあった。しかし、実際に出会うということには、想像以上の破壊力があった。

 長期の徒歩旅は、もし強制されたとしたら、ギリシア神話に登場するシシュポスのように、巨岩を山頂近くまで押し上げ続けるようなものだろう。山頂近くま で押し上げた巨岩は、それ自体の重みで転げ落ちてしまい、永遠にやり直し続けることになる。無限かと思われるほど続く道のりは、ともすればそんな徒労を連 想させた。

 しかし、曾根さんは強制されたのではない。そして苦しみに耐え忍ぶような悲壮感も漂っていない。大変そうではあるが、なんというか、もっと楽しそうなの だ。
 正直に言うと、とてもかなわないと思った。そしてそう思うということは、僕の中に徒歩で旅したいという願望があるからだった。あるいは徒歩で旅できるよ うな心の姿勢に憧れているのだった。

 きっと、ただ個人的な内面の必然に従ったまでなのだろう。彼にとって自然なことを、正直にそして強く希求したら長期の徒歩旅になったのだろう。そう思う と、その要求水準の高さに憧れた。誰かに認められるためではなく、ただ自分の中の必然に素直に従うという姿勢。そういう心の姿勢を想うとき、正直に生きる ということの凄みを感じた。なんて「いい旅」をしているのだろう。なんてかっこいいのだろう。

  曾根さんと住所交換をしたときに、彼は僕のノートにこう書いてくれた。
  “強くなりたかったら足を鍛えろ”
  きっと、歩きながら自分に言い聞かせている言葉なのだろう。以後、心弱く感じたときに、何度この言葉に励まされたか分からない。


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