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空が白む


 アリの公安局外事課にてビザを延長する。チベットにあと六十日間いられることになった。
 アリから再びヒッチでタルチェンまで戻るつもりだったが、戻る途中の道をそれ、山脈を越えたところにあるツァンダのグゲ遺跡に行くことにする。自転車で 行っていたら時間がかかりすぎるので、寄り道はヒッチで行くことにした。

 アリで、ツァンダへのトラックを探しながら何泊かしているときに、一通のメールを受け取った。大学の山岳部の先輩の訃報だった。沢登りの途中に遭難した ことを知らされた。まただ。去年の夏に同期を失って、今度は先輩だった。

 ツァンダへのトラックをようやく見つけた。郵便物を運ぶ郵政トラックだった。地元民も移動にこの郵政トラックを利用するらしく、早朝五時にトラック乗り 場へ行ったがもう満員で、ぎりぎりトラックの荷台の最後尾にしがみつくような形になった。

 十三時間半後に辿り着いたときは、体が痺れまともに歩けなかった。砂埃まみれになり吐く寸前だった。自転車なら五日間かかる道のりを一日で行けるのだか らと言い聞かせ耐えていた。

 そうやってツァンダに辿り着き、宿は高いので、村はずれに無数にある洞窟住居跡の一つにもぐり込んで寝た。ツァンダは異様な風景の中にある村だった。か つては湖の底だった堆積層が隆起し、浸食され、土林と呼ばれる奇怪な断崖が形成されていた。ツァンダから二十キロほど離れたところにあるグゲ遺跡は秘境感 この上なかった。

 それはそのはずだった。すばらしいことは分かった。しかし僕には、これほど素晴らしい遺跡であり風景なのだが、感じようとする心がまったくなくなってい た。好奇心というものが枯れ、心が何かを感じることを止めていた。

 アリで訃報に接したあと、気づいたら僕は閉じていたようだ。貝殻のように閉じ、グゲ遺跡を見ても、ツァンダの絶景を見ても、洞窟住居跡に寝ても、何も感 じないように自衛していた。表情を凍結させ、感情を凍結させ、言葉も失い、一切の感情の振幅を殺していた。


 もうヒッチは辛いのでしたくはなかった。人と会うことが嫌で、誰かと話すことが嫌でたまらなかったので、ツァンダからタルチェン方面へと自転車で行くこ とにした。タルチェン方面へのメインルートへ合流するには一度大きな山脈を越えねばならず、最短ルートは地図上で本当に通じているのか定かではない頼りな い点線があるのみだったが、その道を選んだ。

 百二十キロに四日間もかかる凄まじい悪路だった。一日に一台の車が通るか通らないかの交通量で、本当にこの道で合っているのか極度に不安になりながら進 んだ。苦しくて、時折うずくまり吐きながら歩いた。全く人気のない荒野を歩き、しかし、その孤絶感を心地よいと感じていた。ただこの道が合っているか不安 になり、ただただ前進することのみ考えていた。手持ちの食料の残りを計算し、持っている水の量と次にいつ小川が現れるかに心を砕き、ひたすら身体を酷使 し、全力で黙々と進んでいた。枯れている心を直視したくないがために体を動かしていた。体を動かしていればそれに没頭することができた。停まってしまうと 内面を直視する他なく、それは耐え難かった。自転車を押して歩いていれば、黙々となることで間接的に、死んでしまった先輩の冥福を祈ることができた。


 四日間かけて悪路をぬけ、やっとアリからタルチェンへ通じているメインルートに合流した。その分岐の村で一泊したときに、ヒッチで旅をしているドイツ人 の三人組の旅行者に出会った。旅が楽しくて仕方がないという感じがにじみ出ている三人組だった。挨拶を交わし、村はずれに寄り添ってテントを張り、会話を 交わした。

 三人組の中の一人の男性は、以前に一年ほどアジアを長期旅行したらしかった。話題が長期間旅することになり、僕が旅に疲れたことを言うと、彼は自分もそ んなことがあったと言ってからこう言った。

「疲れたときが旅を辞めるときだよ。それが合図だよ。僕も以前一年間アジアを一人で旅して、疲れたからドイツに戻った。そして元気になったからまた旅に出 たんだ」


 彼が言いたいことはよく分かった。分かりすぎるほどだった。三人組におやすみを言い、一人テントに入りロウソクを見つめながら、しかし僕は彼の悪意のか けらもない言葉がつらかった。ロウソクを消し寝袋に入り横になってもまったく眠れなかった。そして空が白んでくるまで眠れず横になりながら、「失敗だっ た」という思いに押しつぶされていた。何もかもが失敗だった。日本を出発したことも、自転車を必死に漕いだことも、そのすべてが、旅全体が失敗だと思えて きた。

 苦しいことしかなかったという思いにつぶされていた。一つ一つ旅の今までの光景を思い出してみても、つらかったことしか思い浮かばなかった。これ以上旅 を続けても失敗に失敗を重ねるだけで、徒労でしかなく、傷口を広げるだけかもしれない。

 今、彼の言ったように「疲れたから旅を辞める」という潔い決断ができたらどれだけいいだろう。しかし、やはりそう割り切れない。前が見えない、真っ暗闇 の中の綱渡りを強いられている気がする。極度に緊張感のあるバランスを要求されている。どれだけ進めば安定するのか分からない。そもそも安定するなんてこ とがあるのかどうかさえ分からない。しかしそれでも必死にバランスをとり続けている。もうバランスをとることに疲れていたが、バランスをとることを辞める と落ちてしまうから辞められないのだ。そんなときに「疲れたときが旅を辞めるときだよ」と言われることはつらかった。彼はまったく意識せずに言っただろう が、僕には「疲れたら生きるのを辞めればいいよ」と言われることと同義に聞こえた。しかし、一年前の友人の死をきっかけに、自ら命を断つことは放棄してい た。

 疲れたからといって、旅を辞めることなどできない。まったく同じ意味で自ら命を断つこともできない。それは自明なこととしてあった。だとしたら、疲れな がらでも、表情と言葉を凍結させながらでも、辞めずに続けるしかなかった。失敗であろうが徒労であろうが、そのまま旅を続けるしかなかった。旅する意味な ど求めず、強くなることも求めず、誰にも認められなくてもいいから旅を続行させるしかなかった。それは、長く終わりの見えない綱渡りをし続けるという覚悟 だった。不安定な状態の中でバランスをとり続けるという覚悟だった。

 心が丸裸にされた夜だった。明け方まで寝返りをうっていた。空が白んできたときにようやく眠ることができた。

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