2-23連鎖 |
自転車を停めた。夕日に見とれた。 昨日もそうだった。一昨日もそうだった。ブッダガヤを出てからというもの、夕方になると思わず自転車を停めざるを得ない夕日に出会っていた。 地表付近にもやがかかっているからだろうか、夕日は赤い満月のように沈んでいった。空全体が朱に染まっている。荒々しい訳ではない。それほど劇的な訳でもない。いつもの、見慣れた夕日だ。 しかし、見とれた。見逃す訳にはいかなかった。一生に一度しか見られない貴重なものだという思いがあった。昨日もそんな思いで見ていた。一昨日もそうだった。毎日、これ以上の夕日はないのではないかという思いがしていた。 昨日は橋の上から見とれた。夕日が河に反射していた。小さな丸木舟で漁をしている人々がシルエットになっていた。一昨日は森の中だった。もう夕闇が迫っており、泊まる場所が見つからずに焦っている時だった。ふと振り返ると日が沈もうとしていた。それを見て、振り返ってしまったことを後悔した。この忙しいのにと舌打ちをし、自転車を停めた。急いでいる時に限って夕日はますます美しい。小高い丘の上から見渡す限りの森が広がっていた。もう光は消えかかっていた。暗くなる森が不気味で、一刻も早くどこか道端のレストランを見つけ泊まる場所を確保しないといけないのだが、自転車を停めて見ない訳にもいかない。悔しいが仕方ない。 今日の夕日はなんの変哲もない道端からだった。カルカッタまであと30キロ余り、だだっ広い平地に太陽は不細工に沈んでいった。道端のチャイ屋でチャイを注文し、それを飲みながら迷っていた。大都市に入るときは特に交通事故に注意しろとインドを自転車で旅した人すべてに言われていた。もう、今日はこの辺のレストランに泊めさせてもらい、明日の昼間にカルカッタに入ろうか、いや、暗くなるのを覚悟でつっこんでしまおうか。 飲み終わったら覚悟がついていた。大丈夫、まだそんなに疲れてはいない。それにこんなに夕日が美しい。行くことにした。 やがて暗くなった。郊外からすでに大渋滞の大混乱に陥っていた。噂には聞いていたがこれほどまでとは思わなかった。大都市に入るときはどの国でも緊張するものだが、この国はそしてこの都市は格別だった。たった一瞬の油断が致命的になる。いつ、どこからトラックやバイクがつっこんでくるか分からない。全方向に等しく注意を払っていなければならない。反対車線からも追い抜くときに平気でこちら側の路肩までつっこんでくる。あわてて路肩のさらに外に逃げたことが何度あったか知らない。中心に近づくにつれ狂騒の度合いはいよいよ増していった。クラクションの大洪水に耳がおかしくなる。怖じ気づいていたら道一つ渡れない。ぼろぼろの岩質、落石と雪崩が絶えない大岸壁を攀じるクライマーのように、全感覚を動員し二時間半、最大の集中力でカオスと狂騒の暗い町をさまよった。そして奇跡と言いたくなるような正確さで、この大都市にピンポイントで存在する旅人の集う地、サダルストリートに辿り着いた。 サダルストリートには安宿が密集している。ホテルパラゴン、ホテルマリアとあたってみたが満室だった。三番目に訪ねた宿、センターポイントゲストハウスがカルカッタでの宿となった。つながった三部屋に二段ベッドが並び、40人余りが泊まっている大きなドミトリーだった。 それからのカルカッタ、サダルストリートでの日々は、旅の一つの頂点になった。 僕は留保なく、間断なく、出会う人達全てと話して話して、話し倒すように話していた。旅行のシーズンになってきたからか、ドミトリーは常にほぼ満員で、実に多くの人達と出会い、話すことができた。 いままでになく、僕は積極的に人と話していた。日本人に限らず、縁あった人と躊躇なく話していた。出会いが次の出会いへと連鎖していき、同心円の波紋のように広がっていった。一人と友達になると、その人の友達とも知り合えた。そんな連鎖が嬉しく、またそんな連鎖は途切れることがなかった。樹のように枝分かれしつつ延びていき、急速に成長していった。 トシくんと出会ったのは、カルカッタに着いたその日だ。トシくんが仲良くなっていた韓国人のユビくん、トナちゃんともすぐに仲良くなった。一緒に食事をし、ドミトリーのテラスで夜遅くまで話していた。 ある日の夕方、トシくんと「偶然の一致」について話していた。ひとしきり話しが弾んだ後に、今度は「流れ星」について話した。 普通、流れ星は直線を描く。でも僕は途中で曲がる流れ星を見たことがある。トシくんもあるという。あれはどういう訳だろうというところから話は始まったのだと思う。流れ星は地球に落ちてくる隕石が大気圏に突入し、大気と摩擦したときに燃える軌跡だ。だから途中で曲がる隕石は螺旋か何かを描きながら落ちてきているのだろうか? 僕たちは星空に投影されている二次元の軌跡から、流れ星が実際にたどった三次元の軌跡を、あれこれ言い合った。 「じゃあ、例えば螺旋を描きながらまっすぐ自分に向かって落ちてくる流れ星は、円形にみえるね」とトシくんは言った。 「ということは、螺旋を描かないで、まっすぐ自分に向かって落ちてくる流れ星は、点がぱっと見えて、消えるのかな」と僕は言った。 円形や点に見える流れ星の姿を想像し、二人はしばし黙った。 「でもそんな流れ星を見た時は、少し場所を移動しないといけない」と僕は言った。「でないと燃えかすが残った時にコツンとあたって痛い」 夕方から話し始めた会話は夜になっていよいよ盛り上がっていった。夜中になり、ドミトリーの電気が消えるとテラスへ移動し、トシエさんという女性も加わり話しは続いた。明日の早朝、トシくんはカルカッタを離れる予定だった。寝てしまうと飛行機を乗り過ごすおそれがあるというので、もう寝ないことにした。話すことは睡眠よりもよっぽど大切に思えた。 トシエさんは新年をブータンに程近いシッキムの山の中で迎えたのだという。 「すごい星空だったの。本当に満天の星空だった。私こんな星空みたの初めてだったの。もう本当にびっくりしちゃった。それでね、流れ星がすごいのよ。もうびゅんびゅん落ちてくるの。でね、一度だけ面白い流れ星を見たの。普通流れ星ってさーって一直線じゃない。でもその時はね、豆電球みたいにパッて点いてすぐ消えたの。」 トシエさんが話している途中から、僕とトシくんは目をまんまるに見開いて顔を見合わせた。そしてまだ彼女が話しているのに笑いをこらえ切れなくなり、吹き出してしまった。トシエさんはどうして笑われているのか分からないでキョトンとしていた。早く理由を説明してあげたいのだけれども、僕もトシくんもなかなか笑いが止まらない。やっと笑い止んで、さっきその話しをしたばかりだったんだと説明した。 「すごい偶然の一致ね。」 「今夜はなんだかおかしいぞ」 「もしかしてそのうちここに隕石が落ちてくるかもしれない」 「いまきっと向かってきている最中だよ」 「もしぱっと点いて消える星を見たら、手をこうやって前にもってこないと」 「隕石をダイレクトキャッチできるかもね」 「それってすごい」 「でも熱いかもしれないわ」 それから二三時間後のことだった。流れ星の話題はもうとうに終わっており、しずかにロウソクを囲んで話していた時だった。真夜中の4時ぐらいだっただろうか? 何か物音がした。 小さな物音だった。小石のようなものが、屋根にあたり、テラスに転がる音だった。 三人とも、ゆっくり顔を見合わせた。 「聞いた?」 「聞いた」 「何かが落ちてきた」 確かに三人が同じ音を聞いたことを確認し合った。それから、そんなばかな、と思いつつ、声が震えた。僕たちは興奮して、テラス中を探しまわった。それらしい小石が落ちていないかロウソクをかざして探しまわった。どうしよう、見つけた石がまだ熱を持っていたりしたらどうしよう。もしそんなことが起こりでもしたら、これはもうとんでもないことだ。 僕たちは何度も探した。しかしどこにも小石は落ちていなかった。聞いたよな、確かに聞いたよなと何度も確認しあい、落ちたと思われる場所を探したが何もなかった。空が白み、朝の光の下でもう一度念入りに探したが、やっぱり何もなかった。トシくんと早朝のマーケットへ行き、角のサンドイッチ屋で朝食をとり、それから程なくしてトシくんはカルカッタを離れていった。 仲良くなった友達が男だった場合は、がっちり握手して「良い旅を」と別れられる。しかし、女の子の場合はそう簡単にはいかない。 ある日の早朝トナちゃんが出て行ってしまった。デリーへ向かう電車に乗っていってしまった。僕は悲しくなり、とぼとぼと朝のサダルストリートを歩いていた。昨日交わした会話を思い出していた。 「明日別れるわね。」 「いつかまた会えるよ。」 「でももう会えないかもしれないわ」 「…そうだね」 「もう会わないと思ってるでしょ」 「…」 「…一緒にデリーに来ればいいのに」 「…」 朝のサダルストリートを歩きながら、デリーなど行ける訳がないと思っていた。これで良かったと思っていた。今は悲しいが、あと三日も経てばすぐに元に戻るだろう。三日我慢すればいいだけだ。 ユビくんと朝食を食べた。路上のチャイ屋でフレンチトーストを食べた。悲しみを紛らわすために何かやりたいなと思い、ユビくんにマザーハウスに僕も行ってみたいと言った。前からユビくんがマザーハウスでボランティアをやっていて楽しいよと誘ってくれていたのだ。今まで余り興味がなかったが、やってみるのもいいかもしれないと思った。 トナちゃんと別れたさみしさを感じながら目的もなくカルカッタの町を歩いていると、何かはじめて路上に横たわる物乞いがひたすら悲しいと思えてきた。 気が付いたらアメリカンセンターの前を歩いていた。つい数週間前にテロ事件が起こった現場だった。このテロのことはバラナシにいたときに聞いていた。爆弾テロでアメリカ人数人が亡くなったのだという。亡くなった人の写真と花が飾ってあった。そしてセンターの前には歩道にはみだし鉄条網が張られ土嚢がつまれていた。数人の兵士が銃を水平に構え、道行く人に向けていた。厳戒態勢が敷かれていた。 アメリカンセンターの前を通り、ああここだったのかと思い、どうしてこんな事が起こってしまうのかと思い、どうして憎しみを連鎖させてしまうのだと思い、気が付いたら涙が出そうになっていた。あわてて通り過ぎ、うつむいて口を押さえ、嗚咽をこらえた。数秒こらえたら元に戻った。 またアメリカンセンターの前に戻り、遺影の前で手を合わせた。それから路上に横たわっている物乞いに数ルピー渡した。 朝六時に起きる。六時半に宿を出る。七時にマザーハウスへ行き朝食を摂る。それから仲良くなった友達とボランティアをやる場所へ行く。午前中は身寄りのない老人の施設「プレムダン」へ行き、午後は「カーリーガート」通称死を待つ人の家へ行く。 まず洗濯をして、掃除をする。おじいちゃんのマッサージをする。食事の時間になれば食事を出す。自分で食べられない人には食べさせてあげる。後片付けをして終わりとなる。プレムダンでもカーリーガートでも大体同じだった。そんな日々を一週間ほど過ごした。 ある日のこと。いつものようにカーリーガートでのボランティアが終わり、施設のテラスでチャイを飲みながら、施設の前にごった返す人達を見下ろしていた。ユビくんとドイツ人のおじさんと三人で言葉少なに人々が行き来する様を見ていた。 路上にはホームレスの家族が何組も生活していた。僕たちの真下で、自動車の陰に家族全員で丸くなり話している家族がいた。子供が三人いる家族だった。母は赤ちゃんを抱きあやしていた。小学生ぐらいの兄と妹もちょこんと座って家族五人で丸くなっていた。 「ドイツだったら、こういうとき横一列でテレビを見ているだろうな」とドイツ人のおじさんが言った。 「日本だったら、それぞれの部屋にこもって一人でテレビを見ているかもしれないよ」と僕は言った。 ホームレスの家族はにこにこと丸くなり話していた。僕たちはあの人たちとは比べ物にならないぐらい豊かになったが、あの笑顔にはちょっとかなわない。どうしてこんなに苦しい生活をしているのにあんな笑顔ができるのだろう。 カルカッタでの日々を楽しみながら、僕は一つの重大な決断を下さないといけなかった。大学をどうするか、ということだ。 旅はもう三年になろうとしていた。当初二年の計画だったのだが、一年延長することにしていた。しかしまだ日本に辿り着いていない。 旅は絶対に中途で辞める訳にはいかなかった。中途で納得しないままに辞めてしまったら、今までがんばってきた自分に申し訳なさすぎる。ということは、あと半年休学を延長しなければならない。しかし、あと半年で「旅の終わり」を見つけられるだろうか。 僕は無理だと思っていた。これから先東南アジアの国々をじっくり旅することを考えると、とても半年では足りない。ということは、あと一年旅することにするのか?大学を4年間も休学するのか?そこまでして大学を休学していたいのか? あとどれだけかかるかなど分かる訳がない。「旅の終わり」を腹から納得しない内は旅を終わらせることなどできない。しかし、もう日本はだいぶ近づいているのに、「旅の終わり」のきっかけさえ掴めていない。 僕は今までずっと選択することを延ばしていた。しかしもう延ばせなかった。カルカッタで結論を出さなければならなかった。大学をどうするかという事はもう泥沼のように考えすぎていて、自分一人で考えるには限界があったので両親に相談することにした。 あと半年休学したとしても帰国できるかどうか分からない、大学に戻っても何を学びたいか分からない、大学ではなく旅の現場でこそ「学ぶ」ということがあるのではないか。そんな事をメールに書いて送った。 何度かの長いメールのやり取りがあった。両親は復学してみて、やはり大学が合わなかったらそのときまた考えればいいと言ってくれた。今早急に結論を下してしまわないで、もっとゆっくり目標に向かえばいいという返事が来た。学費のことは心配しなくていいと言ってくれた。僕は両親の旅に対する理解の深さに感謝しつつも、甘え過ぎなのではないかと強く思った。 父からのメールに驚いた。父もまた30年前にカルカッタで岐路に立っていたというのだ。大学を休学し、ヨーロッパを旅し、ウィーンで母と出会い、アルジェリアで別れ、それから陸路でアジアを横断し、カルカッタまで辿り着いて、悩んだ末に大学に戻ることを決めたのだという。カルカッタから日本へ飛び二年間の旅を終えたのだという。 「カルカッタは不思議な街です。我が息子も同じ所で、同じように自分を見つめている、自分の能力と意欲とを測りかねている、と考えると人生の不思議な巡り合わせと思えてきます。毅史はここは自分の力で乗り越えてください、いや乗り越えることが出来るでしょう。父より。」 不思議な巡り合わせに驚きながら、カルカッタの町を歩いた。しかし、どうすればいいのか、考えて結論の出る問題ではなかった。目の前で手を差し出している路上生活者をみると、大学をどうするかなどという問題は本当に些細なことに思えたが、たとえそうであっても問題が消えたりはしなかった。 僕は、マザーハウスでのボランティアを続けつつ、あらゆる人と話していた。たたみかけるように、一日中時間がある限り話していた。出会いが次々とリンクしていき、連鎖は途切れる事がなかった。苦手だと思う人とも努めて話すようにしていた。そして話してみたら不思議と好きになれた。 次第に、出会いの連鎖が大きな流れを作り出していることに気が付いていった。出会い、話すことで流れは次々とできていった。僕は心の鎧をすっかり脱ぎ、話す事に夢中になっていた。そしてこの流れは僕をどこへ連れて行くのだろうかと思っていた。 それはかつて経験したことのない程強い追い風だった。出会いの連鎖が追い風となり、そして一人の女性と出会った。 なにもかもが無化された。旅は終わっていた。そして全く新しい物語が始まっていた。 |
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